夢見る掃除人 / 2009.07.09 22:34 / 推薦数 : 2
---- Sealed-up death 封印された死---
つづき。。。
日本における現行の臓器移植法を言い換えて、
Brain death is “death” of a human being only when the bereaved yield their consent to organ donation.
「家族が臓器提供に同意するときのみ、脳死は人の死である。」
と、世界の人々に聞かせたら、彼らは何と言うでしょう。
Do you mean…. brain death is not “death” when they reject donation?
「では、臓器提供に同意しない時は、脳死は死ではないのか?」
と聞き返すことでしょう。
***
脳死判定が先か、臓器提供の同意が先か。。。という日本的な議論をしているうちに、いつの間にか、死が「二つ」あるかのような錯覚に陥ってしまいます。
臓器提供に同意すれば脳死は死であり、同意しなければ脳死であっても死ではないということになります。
***
現行法では、脳死判定があって初めて切りだせるはずの臓器提供の提案が先に来てしまうというおかしなことになっています。
臓器提供を持ち出すのは治療者ではなく、家族の申し出が先行するということになります。
脳死であるかないか、まったくわからないし、脳死であってほしくない、生き続けてほしい現場家族の立場からすると、臓器提供はまったく遠い世界、別の世界であるといわわねばなりません。
たとえ、治療者側から提案があっても、家族が提供に同意しない時は、家族がその後大変迷います。そして、治療者も迷うことになります。脳死であるかないかも曖昧なまま治療を続けることになるからです。
海外での移植実績を重ねてきた日本の医師も数多く、移植技術は世界のトップレベルにある日本で、なぜ、いまだに海外での移植に頼らなければならないか、それは、脳死判定そのものが、臓器提供を前提にした場合以外で認められていないからです。
脳死判定で脳死であると分かったあとに、提供を辞退するか同意するかを決めるのはまったく問題ないでしょう。辞退した場合も、その後の治療をどうするかについて、より明確な選択ができるでしょうし、「尊厳の確保」もできるはずなのです。
***By ゆめみ***
--- July 9,2009 ---
固定リンク
|
コメント (4)
|
トラックバック (0)
夢見る掃除人 / 2009.07.09 13:00 / 推薦数 : 2
「知らされない死」
---- Sealed-up death 封印された死---
衆議院で可決した「A案」が参議院で審議されています。このたびのA案に対する「修正案」のポイントは?
従来の現行法の「臓器提供のときだけ脳死を人の死とする。」という曖昧な定義を復活させよう(残そう)というものです。他は、A案と変わりません。すなわち、本人が拒否していなければ家族の同意でよく、年齢制限もありません。
A案修正案は、A案に対抗するものではなく?まさしく一部「修正」という形であり、修正案として議長が受け入れ、議論しなければなりません。
大変ややこしいようです。
本来もともとのA案が出された核心部分が、「脳死を人の死として受け入れることからすべてが始まる」という主張でした。
修正案でありながら、現行法の「限定的な脳死判定」を復活させることは、実は、修正案ではなく、A案の根底を覆すものです。
***
一見、修正のように見えて、実はそうではない。。。たいへん混迷しているようです。
***
さて、現行法では、脳死という「新しい死」は、いまでもブラックボックスのままです。
医師は脳死である可能性をつよく疑っても、「脳死判定する義務」はまったくありません。
家族に知らされることもなく、医師も「知らないまま?」、治療を続けることになります。
こうした「知らされない死」があることは、移植以前の問題かもしれません。
従来の現行法も、修正案も、この「ブラックボックス」を開ける決断を、いったい誰に押しつけているでしょう。医師ではありません。
「家族」です。
。。。つづく
***By ゆめみ***
--- July 9,2009 ---
固定リンク
|
コメント (0)
|
トラックバック (0)