夢見る掃除人 / 2009.06.05 21:04 / 推薦数 : 3
「イカレタ記者クラブ報道」
DNAの鑑定が間違っていた。
全てが180度間違っていた。
「無期懲役」の判決は、その中で作られた「情状酌量」にすぎなかったのでした。
「自白の根拠」もまた、見事に崩れました。
何処に間違いがあったのでしょう。。。
「自白の強要」という従来からある「悪しき伝統」に、真っ先にメスを入れるべきは、いったい
誰でしょう。
悪しき伝統にどっぷりと漬かった「大本営」ではありません。
つい先ほど、自白の過程を検証すると題した「大本営発表」がありました。
チームを組んで、「間違いがなかったか検証する」という。
?
何度も申し上げます。
全てが間違っていたのです。
「検証」ではありません。
「反省」です。
もう一度繰り返します。
全てが間違っていたのです。
「検証」ではないのです。
「謝罪」なのです。
マスコミは、とうとう「物を見る目」を失ったのでしょうか?
いいえ。いつしか、国民を上から眺める「高い所」に立ってしまっていたのでした。
***By ゆめみ***
--- June 5, 2009 ---
参考↓
警察庁が足利事件調査チーム、DNA鑑定や自白過程を検証
2009年6月5日(金)19時12分配信 読売新聞
菅家利和さんが釈放されたことを受け、警察庁は5日、当時の捜査の問題点を検証する調査チームを設置した。
西村泰彦・長官官房審議官(刑事局担当)をトップに刑事局の各部門が加わり、最高検の検証チームや栃木県警とも連携して調査を進める。科学警察研究所による当時のDNA鑑定について検証するほか、菅家さんが取り調べで自白するまでの過程で誘導や暴行などの問題がなかったかについても調べる。
***以上。
?
なんどでも言わせていただきます。
「検証ではありません。」
「反省と謝罪です。」
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夢見る掃除人 / 2009.06.05 14:22 / 推薦数 : 4
「自白のトリック」
「きみ。困るな~」
「。。。」
「ダメじゃないか。。。え?。。。やったんだろ?」
「だから、何度も言ってるように、やってませんって!」
「 ? 何か。やってもいないのに捕まったって?言ってるのか?」
「そーですよ。やってないんですから。」
「ほほー。面白いこと言うな。こいつぅ。」
「もう。帰らせて下さい。」
「。。。?。。。へ?。。帰るって何処に。」
「いいじゃないですか。仕事があるんです。」
「。。。あのね。。。お宅ね。いまどーゆー状況か、知ってるの?」
「状況も何も、私はやってません。」
「やっていない奴が、なぜ指さされているんだぁ?。。。なあ。」
「だから、言ってるでしょう。人違いです。他に誰かいるはずです。」
「誰って、他にいるの知ってるのか?」
「知りません。」
「知らないのに、なぜ、いるはずだって言えるんだ。あ?」
「わたしじゃないから、他の人でしょう。」
「ほかの人って、お前さんね。あの人が、お前だって言ってるんだよ。」
「知りませんよ。そんなひと。」
「当たり前だ。知ってる人に痴漢するバカはいないだろ。はぁ?」
「だから知りませんって。」
「知らないから、アヤシイんだよ。そだろ。ん?」
「でなんですか、わたしが触ったって言うんですか?」
「そーだよ。」
「わたしの右手はちょうどその高さにたまたま来ていたんです。」
「あははは。そーだろ。そーだよ。その高さだよ。」
「わたしはカバンを持っていただけです。それがちょうどそこに当たったんです。」
「そーだろーな。」
「ですから、故意に触ったんじゃありません。」
「ほー。故意かどうかは誰が分かるんだ?」
「わたしがそーいってるんですから間違いありません。」
「ん。そーか。間違いないか。触ったんだな?」
「だから触ったんじゃないんです。触れたんです。」
「おーソーか。よ~し。それでいいんだ。初めから言え!触れたって。」
「そーですよ。触れたんです。」
「だろう。。。。触れることをなんて言うか、知ってるか?」
「。。。」
「チカンっていうんだ。」
* * *
話せばせば話すほど。。。オカシイことになります。
「やっぱり俺は痴漢をしたことになるのかな~」という変な妄想へと引きずり込まれていきます。
このようにして、痴漢は大量生産することが可能です。
これも、お取り調べ官の大切な「お仕事」みたい。
さて、自白を密室でやるべきではないのは言うまでもありません。
でも、完全録画をすることで、自白による冤罪はなくなると言えるのでしょうか?
***By ゆめみ***
--- June 5,2009 ---
参考↓
取り調べ録画の在り方検討=足利事件で国家公安委員長
2009年6月5日(金)11時22分配信 時事通信
「足利事件」で無罪の可能性が高まったとして菅家利和さん(62)が釈放されたことを受け、佐藤勉国家公安委員長は5日の閣議後会見で、取り調べの録音・録画を一部から全過程に拡大するよう求める議論について、「当然、検討課題としてはのってくる。全面ということではないが、すべて今の態勢でいいという話でもないかと思う」と述べた。
栃木県警の捜査については「私は当時栃木県議をしていたので状況はよく分かっている」とした上で、「当時としては精いっぱいの努力をしてこんな結果になったと思うが、あってはいけないことを今後起こさない努力を警察もしなければいけない」と話した。
***以上。
PS)
本文中の取り調べのやりとりの中で、お聞き苦しい表現、生々しいやりとりがありましたことを、ここで改めてご鑑賞のほど、よろしくお願い申し上げる次第です。
***ゆめみ
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夢見る掃除人 / 2009.06.05 13:04 / 推薦数 : 4
「情状酌量の悪夢」
それは、92年の2月、寒い冬のことでした。
第一審が宇都宮地裁で始まった。
被疑者を後ろからつけて密かに入手したゴミ袋から採取したDNAは、被害者の衣服に付いていた体液のDNAと一致していたという。
検察は「証拠取ったり!」と、裁判官に死刑を求刑した。
弁護士は、「証拠崩れず」と鑑定の真偽を争うことを諦めた。
そして、弁護士が被告に持ちかけたのが、
1.「罪を認めて」
2.「情状酌量」
を勝ち取ることでした。
「わたしはやっていない」
という原点を争うことを、弁護士は「被告に選ばせなかった」のでした。
科学を信用するということは、かくも「無実の者」をも有罪にすることができるというのが、このたびの足利事件の衝撃的な教訓でした。
当時のDNA鑑定では、弁護士が選んだ量刑闘争を一方的に批判することはできないでしょう。なぜなら、問題は、当時の科学捜査の限界だったからです。そして、何よりも、この悲劇に立ちはだかる壁は、現代の「科学信仰」という大きな落とし穴かもしれません。
かくして、被告の声を聴くべき弁護士が、科学信仰の魔術にハマり、死刑から無期懲役への減刑という「情状酌量」を勝ち取った?のでした。
17年の「長い悲劇」の始まりでした。
***By ゆめみ***
--- June 5,2009 ---
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