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夢見る掃除人 / 2009.05.30 14:52 / 推薦数 : 2
「平等という迷信」
平等という美しい言葉があります。
これを使っていろいろできます。
「平等に学ぶ。」
「平等に食べる。」
「平等に卒業する。」
「平等に働く。」
どれも、だいたいできないことではありません。比較的簡単かもしれません。
でも、明治以降?不思議な「平等」が出現しました。
「平等に競争する。」
?
ニホンがおかしくなったのは、
「平等」の中に「競争」を持ちこんだことかもしれません。
***By ゆめみ***
--- May 30 ,2009 ---
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20年以上も前だったかもしれません・・(旧い話でごめんなさい)。最首悟さんが書かれていました。「子どもたちに一番解ってほしいことは、平等・公平・画一の違いです。平等と云うのは、人間は一人ひとり違うんだということなんでしょう。それが制度とか人との交わりで出てくるのが公平です。だから、悪平等と云うものは無い。それは画一なんです。」と・・。
私はこのことを理解するのに、少しばかりの時間が必要でしたので、とてもよく覚えています。ですから、「平等に競争する」などいうことは有り得ません。あなたのおっしゃる通りですね。
コメントありがとうございます。
みなが平等に同じ教育を受けることができるのは、とても美しいと思います。
試験をして、どこまでできたかを確かめることもできます。
でも、教育の大きな間違いは、人それぞれの違いと能力と願いを無視して、どこまでできたかで、優劣を競わせていることかもしれません。
平等とは人それぞれ違うということ。
たいへん重みのある言葉だと思います。
***ゆめみ
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