夢見る掃除人 / 2008.12.30 14:21 / 推薦数 : 2
「死相って。。。あの死相?」
「ねえ。ゆめみ。わたし死相。。。出てる?」
って、携帯デジカメに撮った自分の顔を、わたしに見せる子。独り身のナース。
「ん~。出てないよ。」
「そーかしら」
「出てないって。」
「。。。」
***
数ある行方不明事件、人さらいで、テレビ画面で映し出される写真の「生き死に」を当てる忍術は、ゆめみの十八番です。
「あ~。やられてるよ。」
「あ。この子生きてる。」
「あ・・。この芸能人。もうすぐ引退。」
「うわ~。だめ。この子、死ぬかも」
当たり年の今日この頃。
イケナイ「透視能力」で、事件の生き死にを予見するのは簡単です。
「死相が出ているか、出てないか。。。」だけです。
でも、この簡単な読みが一般人にはたいそう難しいらしい。。。
喜んでいるか、悲しんでいるか、が写真やビデオに出ます。
日常の表情を見ることは誰でもできます。
でも、明日のことは分かりません。
明日のことは分からなくても、過去に起こっているはずのことは過去の写真に出ています。隠せません。単純なことです。
これを、「過去を読む」と言います。
「わたし、死相が出てない?ほんとに?」
「出てないって。」
死相を気にする子がいます。
「大丈夫よ。」
***By 忍術・過去読みの術「ゆめみ」
(そーゆーわたしはどうなの?。。。怖くて読めません。今年一年のクリニック経営?あ~。出てるよ。出てる。。。。何が?って。。。)
固定リンク
|
コメント (2)
|
トラックバック (0)
夢見る掃除人 / 2008.12.30 13:21 / 推薦数 : 2
「どんな反省?」
先日、味の素の広報部かなんかが、番組に出ていました。これからは、「ハラル産業」だって。
味の素と言えば、主力製品「味の素」の製造過程に豚を使っていたのがばれて、イスラム圏でパージされたのは記憶に新しい。
「ハラル」とは、イスラム教の教義である「アルコールと豚を食してはいけない」という教えを、食品だけでなく、産業全体で守るということです。それを守る食品には「ハラルマーク(ハラル認定証)」が与えられるというものです。
このマークを持たない食品は「ノンハラル」食品として、イスラム圏では敬遠・警戒されます。日本や欧米での、ISO(国際標準規格)や、アメリカでのFDAがそれに相当する。物を買う時に、成分表示だけでなく、エコマークとか、特定保健食品とか、いろいろなマークが付いています。イスラムの教えがどうのこうのという以前に、イスラム圏ではハラルマークがあるかが、食品の「安全と安心」「信頼」ということになります。
医薬品においても食品と全く同様な扱いになり、ハラルマークがなければイスラム圏では駄目です。
ハラル産業の潜在市場は2兆1,000億ドル、食品だけで5000億ドルと見込まれ、シンガポール、中東、マレーシア、スリランカ、ブルネイなど、イスラム圏は拡大しつつあるようです。
イスラム圏から見たキリスト圏は、しばしば「悪魔の国々」と揶揄されます。日本も例外ではありません。
宗教という「人格権」が、産業や世界を左右するのは昔からですが、これを受け入れなければ多国籍企業は生き残れない時代です。マレーシアは、日本の分析技術や精度管理、安全管理を高く評価していて、ハラルビジネスにおいて、日本との協力を求めているようです。
いまや、日本はこれまでの常識や習慣、考え方だけでは世界とともに生きていけない時代です。
味の素がいち早く反省したことは、イスラム圏という「もう一つの世界」の力の現れかもしれない。
***By ゆめみ
固定リンク
|
コメント (3)
|
トラックバック (0)
夢見る掃除人 / 2008.12.30 12:23 / 推薦数 : 3
「聞いてどうするのーーーー」
という、ことが多いですぅ。
最近の世間のトラブル。
***
昔から言います。「よみ・かき・そろばん」って。
確かに。この三つは大切ですね。
でも、この三つだけで生きていけますか?
***
他に必要なものって。。。なにかしら。
そうそう「話す」が抜けています。
あれま。。。
でも、話すって、実は簡単。
朝起きて寝るまで、引きこもりじゃなければ、
Ⅰ日中なにか、話してます。
***
じゃ、他に何か。。。足りないものでも。。。
***
昔の人が言いました。「人の話が聞ける」ようになれば一人前だって。
へー。
冷静に聞けるような話って、めったにありませんものね。
いやいやでも、しぶしぶでも、黙って聞けるようになれば、確かに偉い!
***
でも。な~んか。へん。
まだ、足りないことがあります。
***
それは、「人に話を聞いてもらう能力」です。
これがいちばん難しいかしらん。
お題のように、「いいから黙って人の話を聞け!」
では、どーにもなりませんもの。
***
短い人で18年、長い人で24年。平均21年。
黒板に向かって人の話を聞いてばかりいると、
自分が立ち上がって、みんなに向かって話すことがうまくできません。
「人に話を聞いてもらう」のも、能力かもしれません。
「聞いてもらうことを教えない(させない)教育」が長すぎませんか?
***By 忍者・呟きの術「ゆめみ」
固定リンク
|
コメント (4)
|
トラックバック (0)