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悪魔の裁判:断崖攻め落としその3。。。「それは予想だにしない完全コピーだった。」
 ***調査報告書には、次のようにある。。。「神戸連続児童殺傷事件(97年)を起こしたA少年の矯正教育を取材した書籍だが、これが大宅壮一ノンフィクション賞の候補作になった。しかし、審査員からは「『関係者』などという曖昧な表現が多く、匿名性が高すぎて、真実かどうかわからない」旨を指摘され、受賞しなかった。」(以上抜粋から)***
 なぜ、草薙氏は鑑定医から供述調書を手に入れることに執着したか。。。かつて、草薙氏は、法務教官として犯罪少年の矯正にかかわった経験を持っており、法務局や少年院の内情に相当詳しく、本来なら手に入らない極秘文書を入手ないしメモを手にするコネクションを持っていたことでしょう。職業上のさまざまな情報を、私的にやり取りする機会があるであろうことは、どのような職業でもありえることです。このたびの鑑定医の居所をつきとめるのはわけないことです。そして、極秘文書の一部を読んだり、メモをとることも。
 しかし、草薙氏のほんとうの狙いは、「完全なコピー」を入手してそれを公にすることでした。供述調書の内容の真偽ではなく、そのまま出してコメントを書き込むことで、これまでにない取材源をあえて明らかすることでした。 この意図を隠すため、彼女は鑑定医に次のように述べています。自ら密録したボイスレコーダーによると。。。
***(以下、報告書から抜粋) 
鑑定人「コピーはダメ(笑)」
 筆者「取りにいく、取りにいきます(笑)」 
記者「もちろん、コピーはダメよ。その場で見るんやったら構へん、という形が、先生にとっては心理的に負担が少ないのかなと思いますけどね」
 鑑定人「コピーしたら、絶対ダメだからね。よう裁判所の人も、電車とかに置き忘れるんですよね」 ……
筆者「見せていただければ、私がこうメモして」
  鑑定人「調書を見ても、たいして役に立つのかなあと思うけど。あれはもう、書き方も決まっているんでね」 ***(以上、抜粋)
  草薙氏は同行した記者とともに、鑑定医に対して、「コピーは絶対しない」とウソをついたのでした。安心した鑑定医が、仕事で留守にしたスキに、記者と編集者とともに、段ボールに詰められた膨大な供述調書と関連書類を手分けして完全コピーした。彼らは、立ち去る前に、何事もなかったかのように、帰宅した鑑定医とその夜、食事を共にしている。
 翌日、彼女はひとりで鑑定医にわざわざ東京から会いに来たのでした。何のために。。。? 鑑定医が返却前に、留守中にすべてが完全コピーーされたことに気づいていないことを「確認するため」ではなかったのでしょうか。。。段ボールの資料が裁判所に返却される直前のことでした。

 

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悪魔の裁判:断崖攻め落としその2「ジャーナリストの正論とウソ」
 東京法務局は、少年の供述調書をそのまま引用して書籍を出版したことに対して、「プライバシー保護」と「少年法第22条で定められた審判非公開」の趣旨に反するとして再発防止を草薙氏と講談社に勧告した。
 これを受けて著者草薙氏と講談社は、「表現・言論・取材の自由」を高らかに主張して法務局を批判している。
「動機に関わる部分はきちんと公開すべきだ」、「正しい情報を公開し、検証することだ」と主張している。引用ではなく、いわゆる地の文に溶け込ませることを拒んで、重要な部分の多くを供述調書をそのまま多用したのは、「地の文では、これはどこまでが真実なのかと疑う人が出てくる」というのがその根拠である。
また、敢えてプラパシーを侵害する危険を侵して(実際に犯して)、出版に踏み切ったことには、「プライバシーの侵害と報道の意義の両者は、常に戦ってきた」、「報道の自由のためにはプライバシーの侵害がある程度あっても(実は甚大なのだが)やむを得ない」としている。
***
こうした、「報道の自由」と「知る権利」と同一に扱ってはばからない高慢な姿勢は、その後の講談社の対応や反論にも濃厚に見ることができる。(詳細は後ほど)
彼らの言う「正しい情報」とは何でしょう。供述調書という本来その正当性までもが争われるのが裁判ではなかったのではないでしょうか。
第三者からなる調査委員会で、草薙氏が取材の時に自ら録音した(鑑定医に無断で密かにボイスレコーダーに収めていた)記録が公開されている。この中で、供述調書について彼女がどのような考えをもっていたかがよくわかるボイスレコーダーの書き下ろしがあります。
(以下、調査委員会報告書より抜粋)
(供述調書の信頼性などをめぐっての話のあとで)
筆者「警察って、ほんとにダメ。ダメダメダメ。私は警察なんて、信じてませんから。だから、調書ってのも、全然信用しない。少年犯罪のなんて、みんなそうよ。ろくでもない。うーん、まあ、いい方法で、だから先生のでもあれ、まあ、鑑定でも調書でもいいんですけども、鑑定のなかの調書を入れるのでもいいですけども、なるべく、あの、鑑定した先生のそういう匂いみたいなのを消したい。消したほうが、安全のためにいいと思って」
……
***
草薙氏自らが、「信用しない」と鑑定医の前で断言している供述調書を、なぜ執拗に入手しようと試みたのでしょう。。。そして、なぜ、そのまま引用することがないとウソを言ってまで鑑定医に接近したのでしょう。
悪質なウソの口上と手口で、彼の不在時に供述調書を入手したのには「ある重要な意図」が隠されていたのでした。
それは、04年、草薙氏の著書『少年A矯正2500日全記録』(文藝春秋)にさかのぼるのでした。
     *    *     *

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平成204月に精神鑑定医の刑法134条断罪裁判が始まった。。。昨年問題となった書籍「ぼくはパパを殺すことに決めた」が、世の批判を浴びて発売停止に追い込まれ、ブログに反論を載せた9月を最後に、およそこの7ヶ月、著者草薙氏は、ブログを完全停止している。
逮捕され悪魔の裁判にかけられている精神鑑定医への草薙氏のコメントは、「代われるものなら代わってやりたい」(平成20322日某テレビ報道抜粋)。。。だった。
鑑定医を取り囲む取材陣の、「だまされたという後悔というか、悔しさはあるんですか!」の質問に、こころ広き精神鑑定医曰く、
「いやあ~。だまされたっていう感じじゃなく、ま、そんな感じじゃないんで。わたしとしては、この事件は殺意ではなく、ある特殊な広汎性発達障害ということが事件の背景にあることを理解してもらいたかっただけで。強いて言うなら、理解してもらおうと思ってチラ見せした相手を間違えたかなぁ。」
講談社は、平成49日に、社外からなる調査委員会の報告とまとめを受けて、謝罪文と反論をホームページ上に公開した。
草薙氏と講談社の支離滅裂な「プライバシー侵害是認論」「取材言論の自由論」を切る前に、まずは、昨年から停止状態の(思考停止状態の)草薙氏の「のほほんブログ」の抜粋から。。。
*********議論なく勧告を既成事実化していいのか
———
少年審判事件本を出版して———
                       草薙厚子五月に出版された『僕はパパを殺すことを決めた』(講談社)について、七月十二日に東京法務局から、「プライバシーを侵害し、少年法の趣旨に反する」として再発防止を求める勧告を私と講談社が受けた。二〇〇六年六月に奈良で起きた、一六歳の少年による自宅放火事件(継母と異母弟妹の三人が焼死)について、少年の供述調書を引用して動機を描き出したことが「少年法の趣旨に反する」と判断された。書籍の著者本人にこうした勧告がなされるのは極めて異例とのことである。
法治国家に生きる人間である以上、法務省からの勧告には真摯に耳を傾けるつもりだ。しかし、勧告のすべてを無批判に受けとめるわけにはいかない。指摘しておきたいのは、新聞報道にあった「販売中止」「増刷中止」といった文言は、勧告書にはまったくなかったことだ。勧告書にあった〈更なる被害を防止するための適切な措置〉という文言の意味について、法務省側が記者クラブに対してそのような説明を行ったのかもしれないが、私が実際に受けた勧告と新聞報道はだいぶ違う。七月十三日付読売新聞朝刊の「少年調書引用本 販売中止を 東京法務局が勧告」という見出しは、まるで当局のプロパガンダに乗っているかのような印象を受けた。「引用本」という表現も乱暴だし、東京法務局は販売中止を勧告したわけではない。表現行為にかかわるデリケートな問題について、同じ表現者であるはずの新聞記者がこのような記事を書くことに、私は驚きと失望を覚えた。
 少年法第22条で定められた審判非公開については、私の理解では審判そのものを非公開とすることだと思っているが、法務省は捜査資料も含めて審判内容に関わるものはすべて非公開と考えているようだ。しかし、これほど日本中を震撼させた事件については、動機に関わる部分はきちんと公開すべきだというのが私の意見である。重大な少年事件が発生すると、直後には洪水のような情報が氾濫するが、一ヵ月も経たないうちに収束し、やがてまったく報じられなくなってしまう。その理由は少年法の壁に遮られ、取材者が情報を得ることができなくなるからだ。
 マスコミ報道が過熱することには是非があると思うが、少なくとも成人事件の場合は、判決が確定するまで各社は取材を続ける。そうした中で、初期報道の誤りが訂正される機会もあるし、何より公判廷においてある程度事件の全貌が明らかになる。そこが少年事件と異なる。初期報道で喧伝された「普通の頭の良い子が突然、事件を起こした」という言葉だけが残されては、国民は不安に陥るばかりだ。私はこうした不安を解消する一つの方法が、「正しい情報」を公開し、検証することだと判断し、出版することを決めた。
 これまでの著作で当局の内部資料を参考にする場合は、今回のようにそのまま引用することはなかった。そうすれば抗議や勧告を受けることもなく、穏便に出版することができる。実際、法務省からは「なぜ地の文に溶け込ませて書けなかったのか」との質問があった。もちろん、調書の内容を地の文で書くこともできた。しかし、そうすることによって「これはどこまでが真実なのか」と疑う人が出てくる。この事件の真相を知るためには、少年がいかに追い詰められていたか、その心情を伝えることが不可欠である。そのためには、生の声を聞いてもらうのが最も良い方法だと判断した。
 出版後、様々な批判にさらされることは覚悟していた。そして実際に、奈良家裁からの抗議と東京法務局からの勧告を受けた。だが、「引用するのはダメで、地の文に溶け込ませればお咎めなし」という見解は、本質を見失った判断ではないか。
プライバシーの侵害と報道の意義の両者は、常に戦ってきた歴史がある。本書に社会的な意義があるかどうかは、読んでくださった皆さんに判断してもらうことだが、少なくとも私と講談社は意義があると思ったから出版した。それに対する法務省の勧告には、前述のように真摯に耳を傾けるが、すべてを受け入れることはできない。本書の販売を中止するかどうか、言論・表現の自由が認められたこの国においては、相当の議論があってしかるべきだ。それなのに、完全にお上の意に沿うような報道する新聞社があったことこそ、私は問題だと思う。「自分で自分の首を絞める」行為だということに気づいていないのだろう。読売新聞の記事を読んで、誤解して返本してきた本屋さんもあったと聞いた。議論を失った世の中が不幸であることは、言うまでもないことだ。
(出典:平成19年8月文藝家協會ニュースより)
*****以上、草薙氏「のほほんブログ」から。
      ..。
な~んだか。。。
どこから切って差し上げましょう。

 

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