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夢見る掃除人 / 2007.09.25 17:12 / 推薦数 : 2
悲しみの心は なぜ こんなにももろく
人の祈りさえも 聞こえないのだろう
欲深き心は なぜ こんなにも頑丈に
人の願いに 逆らっているのだろう
忘れかけたものを 消し去るには
わたしたちの悔いは あまりにも傷深く
失われたものを 取りもどすには
わたしたちの祈りの なんと弱々しいことか
荒れ果てたこころが 癒されるには
この時代の苦しみは あまりにも底深く
汚された誇りが つぐなわれるには
渾身の浄化の なんとのろいことか
しばし立ちつくせ そして思い起こせ
わたしたちは きずつけるために生まれたのではない
わたしたちは つぐなうために生まれたのではない
わたしたちは のろわれるために生まれたのでもない
。。。救うために生まれたはずだ。
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今は、どうでしょ? 善意が当たり前、権利主張は当然と言ったMe firstの人たちが10%位居るってな環境で仕事をしてると、そんな人々が50%位居るような錯覚にとらわれます。 某掲示板ほどのDONQ(スペル間違いです)の方々は居られませんが何となーく、善意の気持ちを持って人を救うってスタンスをとる事がやりにくくなって来てます。 私だけ??
10人のうち1人がMやDのとき、ひょっとして残る9人もMやDのように思えてしまうことが確かにありますね。。。そういうときは、MやDをとことんまで優しくさせることです。難しいことですが要領を得れば簡単です。
そうすれば、水が流れるように善意が自然に広がっていきます。。。
どこぞで、演技指導を受けないとアカンのんでしょうねー? 宝塚の入試でも受けましょうか?
なに、声と顔に出てしまう?。。。出て何が悪いのかしら。声も顔も心を移す窓です。心がそのまま出ているだけです。そのままでいいんじゃないの。
隠せるものではありません。演技できるものではないのです。
演技が仕事のひとは、登場人物になりきることが必要ですね。それができない俳優は、まったく売れません。
なり切るために、登場人物と同じ道を再体験するのです。そして、自分の歩いてきた道になぞらえるのです。恨みつらみ、悲しさ、楽しさ、嬉しさが本当に分かったとき、初めて迫真の歴史に残る名演技ができるのです。
ですから、耳から病める者の声を聞き、目からその心を見、触ることで本当の痛みを感じることができれば、「医の一つ目の門」をくぐることができ、それらを自分のものになぞらえてはじめて治療者の序段になることができます。
声や顔に出ているものを隠してはいけません。そのままでいいのです。そのままで相手に伝わるものが、いいものならいいと返ってくるし、悪ければ悪いものが返ってきます。
声や顔をせっせと磨いてはいけません。さしあたり、心を磨くべし。
どうやって磨く???おかしなこと聞くね。自分で考えましょう。
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