夢見る掃除人 / 2007.08.27 12:26 / 推薦数 : 3
「もーもたろさん、ももたろさん♪
お腰につけた きび団子
一つ私に下さいなー♪」
「あーげましょー あげましょおー♪
これから鬼のせいばいにぃー
ついてくるなら あげましょおー」
キジと猿と犬が、きび団子欲しさに声をかけると、桃太郎は、「わたしについてくるならあげましょう」と、言う。キジや猿や犬は、なーんだついて行きさえすればいいのだ、きび団子はもうゲットしたようなものとばかり、さっそく声をそろえて言うのだった。
「行きましょうー。行きましょう。」
「して、桃太郎さん。どこに、何をしに行くのですか?」と、みなが聞く。
もう一度よーく聞いてみると、何やら、山奥の鬼を成敗しに行くらしい。。。
キジと猿と犬は、きび団子を食べながら、ふとお互いの顔を見合わせた。
「オニ!!?。。。」
はたして大丈夫でしょうか。相手は鬼です。。。きび団子を食べた胃袋もろとも、頭から食べられてしまうかもしれないのです。。。きび団子を食べてしまったキジと猿と犬は、いまさら「やっぱりやめた」と言えません。「ついてくるならあげましょう」という約束ですから。
さて、仕方なくついていくことになる。鬼が出なければこれ幸い。桃太郎が鬼をやっつけてくれれば、めでたし、めでたし。。。です。ヤバクなれば、みな逃げればよいのです。桃太郎だって逃げないといけないときはあるだろうに。
桃太郎が言う「ついてくる」という意味は当然、鬼の成敗に「協力する」と言うことです。桃太郎の言い分は、鬼が目の前に表れたら、みな一緒に力をあわせて「戦う」という意味です。
さて、きび団子と命。。。どっちが大切でしょう。。。きび団子ごときで、命を落とすのはいやだ。。。「ついてくるなら」とは聞いたが、「一緒に命をかけて戦う」などとは契約していないのです。「(後ろに)ついて来さえすればあげましょう」と、当然聞こえたわけです。。。
鬼が現れたら、キジと猿と犬は逃げても良いのでしょうか、悪いのでしょうか。。。?
かくして、キジと猿と犬たちは、ほんとうに鬼が目の前に現れたとき、実は、薄情にも桃太郎を残して逃げてしまった。。。
。。。というのがほんとうの物語だったのかもしれない。桃太郎の失敗です。どっちがどっちをだましたのでしょう。
キジと猿と犬たちは、確かに「ついてくる」約束は果たしたのだが、鬼と戦うかどうかは、気持ちの問題だと勝手に思っていたのです。
して、今日もいったい何の話ですか。童話サイトですか。ここは医療を担う医師サイトじゃありませんか。
桃太郎は医療経営サイド、キジ・猿・犬は医師をはじめとする医療従事者と読み替えると、昨今の医療崩壊における「医師たちの集団自決」の本質が見えて来ます。きび団子は?。。「給料」です。「ついていく」というのは、「働く」ということです。「鬼」は?。。。「やっかいな病気」かな。それとも「病院再建、崩壊した地域医療」、最近は、「ペイシェントモンスター」とか、「クレーマーギャング」かもしれない。
きび団子だけで働くと、とてつもなく大きい「鬼」を相手に戦うのはたいへん辛い。
「なんで、きちんとやっているのに、文句を言われないといけないのか」
「潰れかけた病院で、売上売上と毎日責められ、ときには訴訟におびえながら、こき使われないといけないのか」ということになる。逃げたくなるわけです。逃げてもいいわけです。あとは経営サイドの問題です。
「医師不足の僻地に一定期間行くという条件で、学生を医学部に入学させる」こともまた、桃太郎の失敗の繰り返しになるかもしれない。
きび団子をチラツカセル前に、あらかじめ「鬼の本当の姿」をしっかり見せておくべきかもしれない。。。
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