夢見る掃除人 / 2007.08.24 22:33 / 推薦数 : 3
「世界の三大都市は?」「えと。。。えと。。ニューヨークと新宿と。。。」
「じゃ、世界の美女三人と言えば?。。。」「んー。。。楊貴妃とノリカと。。。」
「この子ったら。メタボといえば?糖尿病と何?」「糖尿病と高血圧と。。。腹まわりぃ?大喰い?」
「そんなんじゃミリオネアに出られないよ」
「でも、かーちゃん。世界の国を反対から言えるよ。今練習してんだ。学校で流行ってんだ。カリメア、んぽっに、くごうゅち、くこんか、、、んと。んわいた。。。」
「この子大変、とーちゃんに似てしまったわ。。。」
「ところでかーちゃん。湾岸戦争はなんで始まったの?大きくなったら、あちこち戦争に行かされるの?。。」
「。。。」
さて、地球上にある国名と都市と政治家のてっぺんの名前を全部正しくまちがいなく言えたら卒業させてあげるといったら、誰も卒業できないだろうね。毎日のようにてっぺんが変わっているから、ね。
ちなみに、昔のスパルタの刑ってほんとにシンドかったみたいだね。罪人に500個の単語を覚えさせて言わせるんだ。全部できるまで牢獄から出してもらえない。たとえ一つでも間違えるとやり直し。違う500個の単語が与えられる。無意味な単語の羅列だ。絶対出来っこない。仕方なく何回もやるうちに、気が狂ってしまい、気力も果てて、ついには死んでしまうという。無駄なことをやらされることほど、本当につらいものはない。
20世紀の教育では、我武者羅(ガムシャラ)に覚えるスパルタのようなやり方が教育の基本だった。全部できたら合格だと、さすがに全員落第だから、よく出る問題を6割以上正解しさえすればよかった。とことんやらなくても合格だった。勉強は要領よくやるものだった。
一つの疑問にこだわってそればかり考えてしまう子がいる。いつか役に立つかもしれないが、落ちこぼれになる前兆だ。
「三角形の三つの角度を足すといくつ?」
「。。。。んと。。。」
何百年も門外不出だったピタゴラス秘伝の法則を知ってしまえば、なんのことはないが、知らないと正解するまで100年はかからないが、マチガイナク明日の宿題に間に合わない。高学年の複雑な理科の公式も事情は一緒です。そのまんま受け売りで学問じゃない。むしろゲームに近い。
そういうわけで、自分で考えること、やってみること、疑うこと、発見すること、一つのことにこだわること、興味の持ったことにハマルことは、「やってはいけないこと」でした。長い髪の天才「おもしろ数学大先生」みたいに、ユメユメ生徒同士で問題をつくったり解きあったりして遊んではいけません。電車が行ってしまいます。
戦後50年の世代は、自分たちの受けてきた教育と競争のやり方で、21世紀の子どもたちを苦しめているのだろうか。あちこちで子供たちが暴れて大変なことになっている。親も暴れだした。教える側が窒息している。
「ゆとり教育」とは、教えることを少なくしただけです。知識を一方的に詰め込んで試験するのは昔と全然変わらない。
かくして、新しい未来の教育は「試験のない」教育でしょうね。「考える」「自分でやる」という習慣ができたら教育は卒業かもしれない。だから、六三三制12年は長いと思う。四二二制8年くらいに短縮しましょう。大学は好きなところへどうぞ。。。入学試験もなければ卒業試験もなし!。卒業は自分で決めてね。そして、3年くらいしたら、社会に出てね。出てから学んでね。出たら選挙権もあげるよ。18にもなればもう自分で「考えて」選べるんだから。
「考える」だけで卒業?!うれしいなぁ。
知識は今やネットで一発検索。必要なものはすぐ探せる。覚えることはそんなにいらない。。。大事なのは何をするかだけかもしれない。なんのことはない当り前の「生きる知恵」みたいなものかな。
21世紀半ばには長かった戦後の「スパルタの悪夢」は、きっと過去のものになっているに違いない。いや、そうなってほしい。未来の子供たちに幸あれ。
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