私どもが仕事を始めたときには、未だ、県立小児病院はなく、埼玉医大もできたばかり、防衛医大は未だ建築中で、文字通り八百屋医者を演じていました。白血病は診断をつけると都内の専門病院に行くか、私共で診るかは患者さんの家族に委ねました。白血病は昭和54年が最後で、以後は患者さんも専門病院を選択されるようになりました。それでも、私でも白血病や悪性リンパ腫で治癒例を経験できました。他の病院で治療され転院して来られた方もありました。悪性腫瘍の方が悪性腫瘍で亡くなられるのは、致し方ないと思いますが、合併症で失うのはご家族も辛いことだと思いますが、私どもも辛いものです。慢性骨髄性白血病の患者さんが、病気は落ち着いておられるときに点灯されて頭蓋内出血でなくなられたこともあり、本当に辛い思いをしたこともありました。悪性腫瘍の患者さんを診ることは、トータルに診ることを意味します。教育のことにも関ります。途中で経験する病気が、全身に影響がでないようにしなければなりません。今や白血病は治癒されるのが多くなり、私どもが医者になった時代とは全く事情が異なっています。開業医である今は、自分が治療の中心にはいませんが、日頃の何かあったときの対応には関っています。
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