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2007.06.21 23:57 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  その他(一般)  |  波良張  | 推薦数 : 0

ありがたい連携先の先生

都立清瀬小児病院が近くて、色々な疾病についてお世話になりましたし、今もそれは続いています。特に外科にはお世話になりました。4歳の子どもで腹痛を繰り返して訴えてある病院に何度も受診されていました。私どもの病院に来られたのは、その日、外来受診をして、診察を受けたときに、親が神経質だから子どもが腹痛を訴える、親の育て方が悪いと言われて、その足で来られました。腹部には大きな腫瘤がありました。夕方だったので。翌日に腎盂造影を行うことにしました。未だ超音波診断装置がない時代です。ウイルムスであれば泌尿器科、神経が細胞腫であれば外科にお願いしていました。腎盂造影を行ったのが1月14日でした。腎盂造影からは神経芽細胞腫が強く疑われました。外科医電話をすると医長の石田先生が、直ぐに送るように言われます。父親に結果を説明するのが夕方に約束されていたので、16日にお願いしたいというと、では翌日送れといわれます。15日は成人の日で休日でした。それを話すと、病気には休日は無いこと、自分が直ぐにアイソトープの検査をすると言われて、父親に説明をして15日に転送しました。17日には手術が行われました。当時、先生は自宅にもあまり帰られなかったのではないかと思いました。また、あるとき、新生児の気胸の患者さんがあり、電話をすると手術中なので翌日、朝、転送させて欲しいといわれて、レスピタルケアーをしながら私は未熟児質で夜を過ごしていました。夜中の3時に、私が椅子でうたたねをしているときに、手術が終わったからと言って患者さんを診に来てくださいました。転寝している私をみて、暫くは起こさないでよいとナースに言われて、今の状態なら夜が明けてから転送してもらえばよいから、と言われて帰られました。数分して目が覚めて、その話を聞いて驚くやら恥ずかしいやらでした。なかなか得がたい連携先でした。

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先生が気胸の子供に付き添っておられたことにも胸が熱くなりましたが、石田先生も大変すばらしいDrですね 20年ほど前のことですが、私が研修医で一次救急をしているときに、腹痛の子供さんがきて、腸重積の症状に思われ、内部の小児科当直Drに上申した際に、診察にきてももらえず 電話で肉眼的な血便がないから(潜血反応は陽性でした)診断は違うと言われて 泣き叫ぶ子供を目の前に途方にくれた記憶がよみがえりました。心細かったですね。勇気を振り絞って他の病院へ紹介して(研修医は内部Drの承認なしに紹介できない規則でしたが)やはり重積にて整復できたとお返事をいただいたときには返さなくてよかったと安堵したのですが。そのときに先生や石田先生のような指導医であれば院内で処置していただけて、私も勉強になったのではないかと思います。ただ勤続疲労で段々と疲れていくと、いつでも先生方のような対応が自分にできるのかは自信がありません。50近くなると翌日がかなり堪えてしまうようになりますので
written by ライカー / 2007.06.22 12:12
私も自分が医長で居る間は、先頭を切って走らなければと思っていました。30代では徹夜をしても1日早く寝れば疲れは取り戻せました。40代は少しきつくなりましたが、体力では負けないと自負していました。50代は流石に疲れが残ります。先頭は切れないと思い、開業に踏み切りました。職に留まり頑張ることが善ならば、立ち去りサボタージュです。段々体力だけでなく脳力(能力の一部)が低下してきました。何時までやれるか、やれることが段々大事になってきました。健康にご留意ください。
written by 波良張 / 2007.06.22 23:31

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