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2007.04.20 21:31 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  その他(一般)  |  波良張  | 推薦数 : 1

自分の子どもの主治医になる

私には3人の子どもがいますが、3人共に入院しました。長男は肺炎でした。幼稚園の頃です。入院させて点滴をして抗菌剤を時間で入れて軽快退院しました。下に子どもが居るので、夜は自分で付き添いをして付き添いベットで寝ました。医長なので、後輩も主治医にはなってくれませんでした。付き添ってみると医者としては見ているようで見えないことがあることがわかりました。病棟での生活は付き添っている親はそれなりに知恵を働かせて過ごしているのだと思いました。夜、見回りに来る看護婦さんの態度も千差万別でした。思いやりのある態度が出ている人、そうでない人、これも付き添いベットから見上げてわかったことでした。長女は無菌性髄膜炎でした。輸液をしていたのですが、ベットがなくなり、点滴をしたまま官舎の自宅に戻り、入院ベットを空けました。自宅で点滴を継続しました。次男はロタウイルスの感染と脱水でした。なかなか下痢が止まらずに、近所(官舎ですから皆病院勤務者の家族)の人は親がみていると子どもは死ぬのではないかと話し合っていたそうです。輸液を継続して治りました。家族の主治医にはならないほうがどうもよさそうに思いました。

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私は研修医が終了して3年目の時、父がくも膜下出血となり救急車に先輩、看護師さんに乗ってもらい長崎市の病院から佐世保市の病院まで運んで上司の部長に頼んで開頭クリッピング術をお願いし主治医となりました。
息子が主治医ということで他の患者さんと対応に差が出ないように注意して診療した経験があります。心ない先輩からは自分の父を受け持つなんてと非難されましたが、私は最高の親孝行であったと今でも思います。長崎大学病院の教授にお願いしても当然良かったのですが、どうしても父の面倒は自分でみたかったんです。今まで患者の家族の視点でみたことがなかった私にとっては良い経験となりました。
written by Tai-chan / 2007.04.20 23:35
私は、長男を妊娠して、悪阻がひどく、病棟にも迷惑をかけるし、同じ職場の医師の夫ととも公務員はどちらかが転勤しにといけないので、看護師を辞める決意をしました。あれから7年、長男の出産時、産道の血腫が2個も出来、1400ccの出欠のための貧血で、産後3週間の入院、2番目の子の妊娠悪阻と流産による入院、3番目の子の妊娠悪阻の入院、次男の1歳児に川崎病による3週間の入院と、病院から縁が切れませんでした。今年の4月に夫の転勤、長男の
小学校の入学、次男の3歳保育園入園を良いチャンだと重い、医療センターに整形外科外来にナースとして、復帰しました。
医師の妻の立場、看護師の立場、患者の立場、患者の親の立場、実家の実の母は腎結石で、今話題の「宇和島徳洲会病院」の万波医師の患者でもありました。
いろんな立場を経験しましたが、わが子の川崎病の入院が一番精神的に辛かったかな。夫の職場の産婦人科の医師の奥様が、小児病院で小児科医をしていて、私を見つけてすぐ主治医になってくださって、本当は1ヶ月入院のところ、同じ医師公舎に住んでるから、退院しても、何かあればすぐ診てくださる約束で、4歳の長男のために早く退院させてもらったこともありました。このときは、凄く助かりました。
2番目の子の流産の時は何が悪かったのか自分を責めたこともありました。医療従事者である前に人間ですから・・・・。
どこの病院かは、かけませんが、凄く冷たい態度で、投げや名態度で、診察してた医者が夫が医師で私が看護師だと気づいた瞬間言葉使いと態度が変化したことがありました。
自分にも、そうゆうところがあるので気をつけて、患者様に接したいです。
written by ナースママ / 2007.04.21 19:50
お二人に経験は、わが子の病期よりも大変ですね。自分の家族のオーダーを書くときに、職員は他よりも優先しようとします。それを感じて当方が遠慮する、などがありました。私の父は80歳で、九州の国立病院で肝臓がんで亡くなりました。生前、人工呼吸器は嫌だと言っていました。こん睡状態が続いていたので、最後、付き添ったのですが、呼吸停止、心停止が訪れました。ナースが人工呼吸器を持ってきたので、誰が挿管をするのかはわかりませんが、断りました。最後の呼吸音、鼓動は私が確認をしました。当直医が駆けつけることもなく、私の最後確認を尊重(?)していただいたのか死亡診断書には書いて頂けました。私が元国立病院勤務の医師であることは、言ってありましたし、聴診器を首からかけていましたので、ナースにも医師であることはわかっていたとは思いますが、私の存在を尊重していただいたのか、勝手にやればと思われたのか、チョット不思議な体験でした。私は、父が嫌だったことをやらずに済んだので、守ったようなきになっていました。
written by 波良張 / 2007.04.24 01:26

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