私の父も小児科医でした。私が1歳のときに父は出征していて、5歳のときに除隊して帰ってきました。父は夜討ち朝駆けのような生活をしていました。後年、父の勤務した病院に私も半年務めることがありましたが、当時は、夜に海軍工廠に勤める方々のために病院を開いていたそうです。父との接触は、一日の中でも僅かな時間でした。再度、出征して戦後に復員して来るまでは、父の生死も不明で不安な時期でした。自分の幼少期は戦争と言う特殊事情はあったとはいえとても不安定でした。自分が子どもを育てるときには、そのようなことにはならないだろうと思っていました。長男が生まれた昭和49年から次男(第3子)が生まれた昭和52年11月の頃は、赴任した病院の創成期で実に多忙を極めていました。今でも連れ合いには、父親不在であったと言われています。医師は3人で、新生児救急医療と一般小児医療を行うのは、大変であったとは言え、まともな時間に自宅には不在を意味します。自分としては、子どもとの接触をなるべく図った積もりでも、私の幼少期おりは未だましな程度であったかもしれません。今も、多くの小児科医が自分の労働過重だけでなく、子育ての面でも問題を抱えているのかもしれません。
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> 今も、多くの小児科医が自分の労働過重だけでなく、子育ての面でも
> 問題を抱えているのかもしれません。
ついつい、この言葉に過剰反応してしまいました。
我が家には4人の男の子がいて、今が一番タイヘンな時期だと思って、くじけないようにがんばっています。
これからも、よろしくお願いいたします。
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