2007.01.22 23:58 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  その他(一般)  |  波良張  | 推薦数 : 3

小児科医の子育て

私の父も小児科医でした。私が1歳のときに父は出征していて、5歳のときに除隊して帰ってきました。父は夜討ち朝駆けのような生活をしていました。後年、父の勤務した病院に私も半年務めることがありましたが、当時は、夜に海軍工廠に勤める方々のために病院を開いていたそうです。父との接触は、一日の中でも僅かな時間でした。再度、出征して戦後に復員して来るまでは、父の生死も不明で不安な時期でした。自分の幼少期は戦争と言う特殊事情はあったとはいえとても不安定でした。自分が子どもを育てるときには、そのようなことにはならないだろうと思っていました。長男が生まれた昭和49年から次男(第3子)が生まれた昭和52年11月の頃は、赴任した病院の創成期で実に多忙を極めていました。今でも連れ合いには、父親不在であったと言われています。医師は3人で、新生児救急医療と一般小児医療を行うのは、大変であったとは言え、まともな時間に自宅には不在を意味します。自分としては、子どもとの接触をなるべく図った積もりでも、私の幼少期おりは未だましな程度であったかもしれません。今も、多くの小児科医が自分の労働過重だけでなく、子育ての面でも問題を抱えているのかもしれません。

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2007.01.22 00:02 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  その他(一般)  |  波良張  | 推薦数 : 2

子宝に恵まれた

昭和45年に結婚しましたが子宝には恵まれませんでした。つれあいの見せる症状から子宮内膜症を考えて、受診していましたが、妊娠はできませんでした。赴任をした病院で、私を招いて下さった院長は産婦人科で診察をしていただいたら、子宮内膜症で、子宮が癒着により後屈が強いので、手術をすれば妊娠できると言われて、手術をして下さいました。見事に、妊娠できました。先生はやはりなかなか奥様が妊娠されなくて、不妊については勉強もしたし、工夫もしたと仰っていました。ご自分は妊娠が判明してから御長男誕生までに論文を8編お書きになったそうです。私は、8編も書けませんでしたが、嬉しい出来事でした。妊娠中に、つれあいが具合が悪くなったときに、産婦人科医長に相談したら、ドゥファストンを注射するように言われて、病院から持って帰って官舎で注射をしたら脈拍が触れなくなり驚きました。官舎の窓から病院を見ると医師がいるのが見えたので電話をして点滴セットと輸液用の注射液を持ってきてもらい間もなく回復しました。幸い、後遺症的なものもなく無事に出生できました。長男が生まれたのは昭和49年7月でした。その後、つれあいは内膜症による症状も無く、長女、次男を出産しました。今は、3人ともに成人になり、上2人は歯科医、次男は小児科医を目指して後期研修中です。子育ては、色々と経験をさせて貰いました。まさに子宝だと思います。

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