2007.01.16 04:45 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  その他(一般)  |  波良張  | 推薦数 : 1

喘息外来も呼称した

アレルギー学会に入っていて、喘息は増加してきていたので、火曜日の午後に、皮膚テストでアレルギー検査を始めました。プリックテストで背中を使って陽性にでたものを、皮内テストで希釈テストで何倍希釈まで出るかを検査しました。そこから、脱感作を始めました。治療はインタールの吸入を基本にして、テオナP、ベネトリンの内服でした。重症発作例にイソプロテレノールの注射アンプルを切って吸入したりしました。ベクロメサゾンの吸入の治験が始まり、埼玉医大の中山教授に誘っていただいて、埼玉医大の医局員として参加しました。都内の病院でステロイドの内服をしていて満月様顔貌になっていた女児がアルデシンの吸入で経口投与から脱却できて、長期に使いましたが、ACTH負荷テストでも低下はなく、中山先生の書かれた論文に症例を出すことができました。テオナPがテオドールになり、インタールにベクロメサゾンの吸入が加わりました。発作時の治療もコントロールも時代と共に変遷し一緒に歩んできた思いがあります。インタールの液が出て、吸入もサルブタモールが出て、インタールと組み合わせてコントローラーとして使ってみたら、よい結果が得られましたので、愛用していました。テオフィリンの量もおおいときは体重1kgあたり24mgと言う時代もあり、今から考えてみるとよく副作用の例に遭わなかったと思います。

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