私どもの病院は所沢保健所管内にありました。所沢市、狭山市、入間市、三芳町が保健所の管轄地域です。でも、未だ埼玉医科大学、防衛医科大学校が本格的に活動をしていなくて、埼玉県西部では小児科医が3人以上常勤でいる病院はなく、とりあえず何でも受け入れることが任務だと考えていました。新生児については、もっと受け入れる施設がなかったのですが、一般小児の患者も似たような事情でした。プライマリケアの場では、初期の患者が現れるかと思うと、専門家により治療が尽くされて、もう方法がなくなった末期の患者さんも来られます。大きな慢性疾患を抱えている患者の急性疾患への対応などもあります。自分が何が専門で、何が専門でないかというのは余り関係ありません。とりあえず受け入れることをやりました。1980年代に入り、ブレンネマンのプラクティス オブ ペディアトリックス に初めてAmbulatory Pediatricsの項目が出てくるのですが、その実践を行っているようなものでした。専門家には、患者さんを通じて連携を求めました。これは、以後、大きな財産になりました。小児専門の医療機関、大学を或る意味自由に選択できたのですから、何でも自分の母校に送る人々よりも精神的に自由だったと思います。今は、専門性が進んだこともあって、なかなか全てを受け入れていただけるとは限りませんが、開業医としての医療のやり方の基本はこの時期に経験できたと思います。
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