昭和48年夏でした。近くの小学校の児童が入院しているときに学校長が見舞いに来られました。病院内学校の必要性を話すと、その校長はいとも簡単に『作りましょう』と言われます。学校長は県や市の教育委員会に働きかけてくださり、私は病院長を通じて厚生省に申し出て、結局、昭和49年4月に開学級になりました。以来、平成3年5月に退職するまで、病院内学級は継続されました。入院しているこどもにとって、学校に繋がっていることは少し大げさに言えば、生きる希望になります。市は病院内に鉄筋2階建ての4室ある学校を作りました。今は、利用者が減って、学校は閉鎖されていますので、残念です。昭和49年当時では、病院内学級を持っているのは珍しい方でした。子どもが学校に行っていると、治療や検査が制限されたり、学校行事が優先になりますが、それでもメリットは大きかったと思います。
固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | ||
| 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 |
| 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 |
| 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 |
| 27 | 28 | 29 | 30 | 31 |
コメント
コメント一覧
コメントを書く