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昭和48年当時は、救急指定病院かどうかということで、救急指定病院だと毎日が当番のようなものでした。検査、放射線、薬局が全部が体制がとれればよいのだが、人数が少ない、超過勤務が多くなりすぎるなどで、医師以外は揃わずでした。そこで、自分でやることになります。ついでにケースワーカー等もかねてやれば、仕事のレベルは落とさずに済みます。幸いに、何をやっても法的には咎められることはなく、医者はなんでもできるのです。夜は薬局に入り、自分で調剤し、検査室の医はいり自分で検査を行い、レントゲンは自分で撮る、ことに慣れました。産婦人科の医師が検査技師を呼んで妊娠反応をやらせる、小児科の医師が自分で妊娠反応を行うということもありました。

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