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2006.10.26 03:07 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  その他(一般)  |  波良張  | 推薦数 : 0

昭和44年助手になる

昭和44年大学の助手になりました。正式には文部教官助手でした。給料は手取り36000円ありませんでした。この頃は、1ドル360円の時代で100ドルなかったということです。助手になるまで、貧乏で、電気釜と電気コタツを持っていただけでした。給料で3ヶ月月賦で洗濯機を買いました。日立のあおぞらという奴でした。これは結構使えて、昭和50年ごろまで使えました。電気がまは昭和41年に2500円くらいで買ったのですが、これも昭和50年代まで使えて、最後に修理にもって行ったらナショナルの人が博物館行きだと笑っていました。夏に扇風機を買いました。娯楽はヤングセブンというトランジスターラジオを持っていました。文明の利器はこれくらいでした。学会に行ったりするとお金がなくなり、貧乏だなと思いながらも結構楽しくやっていました。助手になり、学園紛争の流れで、研究らしい研究もせず、診療と学生の教育が中心のような生活でした。それでも、結構、忙しかったように思います。

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