大学の内部で、自分達の問題として教育、研究、診療をどのようにするかを討論していました。また、大学から医師を派遣する場合に教授の決定で行われていました。教授も助教授や講師、医局長と相談をして決めておられたでしょうが、形としては教授決定でした。それを医局の人事委員会で決めることになりました。周囲の医院や病院から臨時の支援を求めて来られる事はよくありました。それは、医局員からみると臨時のアルバイトでもありました。それを医局員で作る人事委員に決定をゆだねることになりました。日本小児科学会熊本地方会でも、学会のあり方について討論が求められました。九州小児科学会でも、日本小児科学会でもこのような動きは時には激しく、周囲の先生方には若い者が破壊をしていると目には映ったようでした。実際にスクラップアンドビルドなどという言葉も聞かれました。実際に怒りの言葉を言われる先生もいらっしゃいました。意外にオールドフアンのような先生から励ましを頂いたこともありました。私は、自分達は熊本大学を出て、研修をするために大学に集まった。であれば、大学や周囲の病院の機能を維持させながら自分が研修する場を確保することであり、権利と責任が同時に発生すると思っていました。それを、周囲の先生方に理解してもらいたいと思いましたが、なかなか難しかったと思います。
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