医者になるには、その動機となる何かがあるだろうと思います。私は、母方の祖父が会津の猪苗代の出身で、野口英世とほぼ同世代でした。やはり、小林先生に教えていただいたそうです。野口英世が何か身近な人でかつ偉人としてのイメージがあって、憧れました。父が小児科の医師でした。幼い頃は、広島県呉市の海軍共済病院に勤務をしていました。夜討ち朝駆けのようにして官舎と病院の間を往来していました。戦時中で、父は昭和19年に再び、戦地に赴くのですが、父の日頃の仕事が多くの人に感謝されているということを感じていました。そんなことがあり、何となく医師になりたいと思っていましたし、幼い頃から聞かれると『医者になりたい』と言っていました。戦後、父が復員してきてからは、元の職場には職業軍人〔軍医)であったとして戻れず、佐賀の田舎で開業したり、村に国民健康保険直営診療所を誘致するのに働いて自分も勤めたりしました。そこでは、父は小児科医ではなく何でも診る医師でした。父と同じような医者になりたいとは思いませんでしたが、医者に患者が何を求めているのかはよくわかりました。高校生になり、クローニンの城砦などは読みましたが、長崎原爆で奥さんを亡くされて、ご自分は白血病で二人のお子様を残して逝かれた長崎医科大学放射線科助教授の永井隆先生が書かれた『この子を残して』
は有名ですが、自分のご両親のことを書かれた『村医』は
強く惹かれた書物でした。何となく、学者ではなく、プライマリケア医を頭に描いて医者になろうと考えていたように思います。
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