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2008.03.07 12:00 |  診療  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  さすが!おとうさん!!  | 推薦数 : 1

compassion

僕自身は「医のなかの蛙」である。が、医師の中にもすごい人はたくさんいる。最近でも、太田秀樹先生・早川一光先生・鎌田實先生・桜井隆先生始め、感銘を受けた講演も多い。テレビで話題になった小澤先生もお話を聞いてみたい。色平先生にもお会いしたい。高柳和江先生の笑い声は、一度はみなさんにも聞かせたい絶品である。

それでも、蛙でも脳はあるので、蛙なりに考えることがある。 

いつも考えるのは「言葉」である。

例えば、「ありがとうございます」。いい言葉であるが、今の日本ではそれだけのことが多い。続く言葉はまず聞かない。英語だとどうなるか。「Thank you」だけで終わる事はまず無い。「Thank you for your help」「You are welcome」と続くのが普通である。「助かりました。ありがとうございます」って言う方が、ずっと心がこもっていると思う。僕は、「My  pleasure」で返すことにしている。 「(いえいえ、気にしないでください。僕自身が自分の気持ちで)喜んでしたことですから。」日本では見合う言葉がないので「どういたしまして」となってしまうが。これは子供たちに対しても同様で、我が家では絶対の決まり事である。

スーパーのレジ。「いらっしゃいませ」には、「こんにちは」で返している。

「相手のことを思う気持ち」を表す 日本語は何だろうか。看護師の教科書だと「共感する、共有する」というのだろうか。英語では、たぶん「compassion」である。「sympathy」ではない。

ケアリング・クラウン研修会で高田佳子さんに質問された。「パッチ・アダムスの講演では『思いやり』と訳されていますし、ダライラマでは『慈悲』と訳されています。「おとうさん」はどう訳しますか?」それまでは、僕は「思いやり、共感」くらいに考えていた。高田さんなりの訳はあるのだろうが、質問されて一週間考えた。

メールで送った返事は「『寄り添うこと』。補足として、『時間的空間的に隣にいて、同じ方向を見ていること』。今の僕は、『見ようと努力する』止まりなんだけれど、パッチやダライラマは確実に見えていると思います。」

ショビ・ドビの質問コーナーで「surrender」という言葉が出た。人は誰も、死ぬことは決まっている。では、死ぬことをどう考えるか?そのときの答えが「give  up 」ではなく「surrender」であった。「降伏する」というのが一般的だが、たぶん「ありのままに受け入れる」という感覚だろう。

在宅での看取りが話題になっているが、この二つの言葉、「compassion」と「surrender」がこれから僕のキーワードになると思っている。 

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2008.03.01 12:14 |  生活 / くらし  |  趣味  |  その他(一般)  |  さすが!おとうさん!!  | 推薦数 : 0

医のなかの蛙

一ヶ月のご無沙汰です。何もなかったわけではなく、いろいろありました。

まずはコメントいただいた方、ありがとうございました。精進の糧にさせていただきます。そのうちの一人の方と全くの偶然出会いました。ホント、びっくりです。

先日、指宿でショビ・ドビのケアリング・クラウン研修会に参加しました。小児病棟に出掛けるクリニクラウンは知っていました。でも何か、心情的に受け入れ難いものがありました。「道化」のイメージが強すぎたのかもしれません。

ケアリング・クラウンは、小児に限らず、 緩和医療にも老人福祉にも、という部分に惹かれて「ものは試し」で参加しました。それも自発的というより、岐阜の笑い療法士仲間からの届いた突然のメールがきっかけでした。

研修会そのものは、とても参考になりました。ショビ・ドビも通訳の高田さんもすごい人でした。しかし、それ以上に懇親会などで話し合った方々に感激です。いつもなのですが、夜の飲み会での出会いは素晴らしい。

例えば、熊本から参加の Mr.ハッキー。僕と同世代。集団就職で関西に行き、仕事しながら高校を卒業し、警察官になって機動隊に。そこで音楽隊に入り、自分の生き方を見つけて、周囲の反対を押し切って熊本に帰ったのが37歳の時。福祉施設に勤めながらクラウンの技術を磨いて、今は引っ張りだこ。でも、まだ学んでいる。すごく魅力的な笑顔の持ち主。

滋賀から参加のトンちゃん一座。三重からやってきた、クラウンともくん。みんながみんな、すごい情熱持っている。圧倒されました。

その中で、胸につけたニックネーム「おとうさん」と髭面に、「ひょっとして」と声をかけてくれたのが、鹿児島大学医学部の学生Kさん。彼女がコメントくれた人でした。偶然とはいえ、ホントにびっくり。彼女たちのグループは、3月末に大学でクラウンサーカスを招いて、研修会も予定しているとのこと。僕の学生時代といえば、野球とバイトに麻雀。彼女たちのような社会活動はおろか、勉強すらまともにしなかった。

今までそれなりの事はしてきたとは思うけど、ここ何年か直接医療と関係する以外の方々と接するたびに、自分のスケールの小ささを感じてしまいます。ホント、「医のなかの蛙」でした。

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ベランダにパンジーを植えている。 大きな鉢4つと小さな鉢4つ。 買った時にお店の人が教えてくれた。 「始めに咲いている花はいいけれど、蕾をみんな切っておくと株が大きくなります。一ヶ月は寂しいでしょうが、是非そうしてください。」 と。

 もちろん、素直な僕は従った。 それで大発見。

はじめの花も、初期の花々も、茎が長かった。 我が家は写真のとおり、周りに何も無く風が強い。 強い風に折れそうだった。  ところが、次の世代から茎が短くなっている。 風に負けないように、もう進化=適応しているのである。 超ビックリ。 さすが人間と違って、自然のものは強いと心から思った。

話は続く。 最近、ある本を読んだ。 傳田光洋著「皮膚は考える」。 僕は一応「脳」が専門だが、 「脳が全て」 とは考えない。 ペプチドに関連して、腸が第二の脳とも呼ばれているのも当然だと思っている。 傳田さんは第三の脳が皮膚だと言うのである。

その中で、「人間の皮膚でも乾燥した環境と高湿度の環境下に一週間以上皮膚をさらすと、 乾燥環境では角層が厚くバリア機能が高くなり、高湿度環境では逆になる」 というのである。 人間でも、そんなに早く進化=適応するのである。 これにもビックリ。 そのほか、眼からウロコの話がいっぱい。 お勧めです。

翻って、僕の「脳」は少しは進化=適応しているのだろうか? やはり、常に刺激を与え続けなくてはいけないのだろう。  昨年は今までと違ったジャンルの本で感動した。 上橋菜穂子・佐藤多佳子・森絵都の三人の作品は、どれも本当に大きな影響を与えてくれた。 感謝!感謝!!である。

今年の目標は、BSデジタルが見られるようになったので、「年間100本以上の映画を見ること」である。  できれば、自分のためだけではなく、周りの方にとっても望ましい人間に少しは進化したいものである。

まあ、期待せずに見守ってくださいな (^m^ )

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2007.12.31 10:24 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  さすが!おとうさん!!  | 推薦数 : 0

お引越し

二ヶ月ぶりの投稿です。今日は言い訳抜きで。

引越しが終わりました。写真そのまま、眺めは最高。小高い丘の上から(これがブログ名になる訳ですが)、緑の続く大隈半島、錦江湾、対岸の薩摩半島、澄んだ日には遠く開聞岳まで一望できます。

丘全体は島津家の花岡城址で、今は周囲300mくらいの芝生の生え揃った城山公園が中心。主にグラウンドゴルフに使われていますが、僕には絶好のジョギング広場。といっても、まだ数えるほどしか走っていません。来年は、シェイプアップした「ナイスバディ」をお約束します。

広い板張りの部屋、広いガラス戸、ウッドデッキなどなど、晴れた日は家の中でも外でも最高。

夜は、ワイングラス片手にジャズやクラシックを聞きながら、石油で焚くボートランプの明かりの中でロッキングチェアに揺られ・・・  なんと絵になる男でしょうか。あとは、葉巻かパイプを調達しなくては。

ただ広さと景色に比例して、夜はかなりの寒さ。低燃費のボートランプ形石油ストーブは黄色い炎がじんわり心を暖めてくれるのですが、暖房効果は「?」    離れて住む娘に話したら、「究極のエコストーブだね。」

緑いっぱいの自然の中、薮を切り拓いた土地は痩せています。庭に残飯を埋めて、土地を肥やそうと試みました。パンジーも植えました。夢一杯で始めましたが、少し留守にしていたら全て綺麗に掘り起こされました。腹が立つやら、悲しいやら。鳥の糞が車についていたので、「カラスにやられた」と、みんなに話しました。

「カラスはそんな上手に掘れない。イタチだ。私もやられた。」 と、いう人がいて、またみんなに話しました。

それを聞いたある人は、「花岡は猿が多い。だから、猿に決まっている。」 また、みんなに話しました。 

それを聞いた地元の人は、「猿は木の上のみかんは盗っても、掘りはしない。生ゴミに集まってきたミミズ目当てのアナグマが犯人だ。この辺りでは落花生も育てられない。」と、言いました。すごーく納得しました。 

それでもある人は、「私は夜中に狸が庭を掘っているのを二晩続けて見た。絶対狸だ。」と、言います。

真実は闇です。ただ、もう一つの真実は、庭には雑草と笹がたくさん生えてきた、ことです。

2007年は、認知症サポート医と健康スポーツ医の資格を取りました。花岡クリニックも開院しました。昨日の当直は、鹿児島に来て初の「一睡もできない当直」でした。 いろいろあった一年で、ブログも始めました。  まあ、いい一年だったと思います。

みなさんにもいろいろお世話になりました。来年もまた、よろしくお願いします。

良いお年をお迎えください。 

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一月半のご無沙汰です。
「書こう。書かなきゃ。」と思いつつ、忙しい毎日を送ってました。9月の「パーキンソン病研究会」「癒しの環境研究会」「脳外科学会総会」「鹿児島在宅ネット勉強会」と続いて、先週末は「健康スポーツ医講習会(前期)」。その間に、看護学校の講義が毎週2時間、その他の勉強会などの準備とお話を繰りかえしつつ、当直と日直。 合間には、乗馬。
以上、言い訳でした。

「パーキンソン病研究会」では、大脳基底核への深部脳刺激に加えて、脳幹刺激まで進化。基礎実験やコンピューターシミュレーションも含め、理論から実践までの進歩を実感。ただただ、「すごいなあ。」

癒しの環境研究会は言葉がテーマ。すべての講師の方が価値あるお話。僕にとっての一番は、難聴のお医者さんの話。「ただ耳が遠い」という認識との違いを、ご自分の苦労談を中心に説明していただき、正直「唖然」としました。

例えば、「愛知県知多市は江戸時代、さらし技術が導入され、「知多さらし」の産地として繁昌しました。」読む時にこの文章を全部ひらがなにして(会話は一音一音がひらがなに置き換えられます)、「き・し・ち・に」「す・つ」などの区別がが聞き取れなかったら、「あいきけんひたちはえぢぎだい、さらひじじゅすがどういうされ、したさらちのせひさんひとちてはんぎょうちまひた」何のことか分かりません。難聴の大変さを初めて知りました。

脳外科学会総会では、難治性疼痛に対するガンマナイフ治療に感激。下垂体に180Gyという大量照射。アストロサイトの増殖で内因性モルヒネを産生して痛みを和らげている、という基礎研究も含め、感激。癌末期の緩和医療にも一条の光が。ただただ、「すごいなあ。」

先週末の「健康スポーツ医講習会」。オリンピック選手のチームドクターはじめ、錚々たる講師陣。「目から鱗」の話の連続。その中で、記憶に残った二つの言葉を紹介します。

『究極の介護予防は、元気な子供を育てること』
『あれやった?』

来年からの特定健診・保健指導も一つの予防医学。それなりに評価できます。病気になってからより、まず予防。いいことだと思います。PPKは有名ですよね。ピンピンコロリ。現実はNNK。ネンネンコロリ。
でも、何より大切なのは、「子供が元気なこと。そして、元気な肉体と精神をずーっと継続すること。」
当たり前だけど、それを思いつき発言できることに、ただただ、『すごいなあ。』

『あれやった?』は早稲田大学の学生が考え出した語呂合わせ。 打撲などの外傷に対しては(ちなみに炎症は、発赤・発熱・腫脹・疼痛の4主徴)、軽度の圧迫と挙上で腫脹の予防と安静固定・疼痛軽減、冷却することで腫脹の防止と疼痛軽減。スポーツ外傷も分野では、RICEとして有名。R=REST(安静)、I =ICE(冷却)、C=COMPRESSION(圧迫)、E=ELEVATION(挙上)

これを、「あ=圧迫、れ=冷却、や(っ)=休む(安静)、た=高くする(挙上)」と日本語に。10月21日で、創立125周年。さすが早稲田と思いました。

今週末は、お引っ越し。その様子などは、乞うご期待。新しい家からの風景写真も近々、お見せしますね。自然いっぱいです。

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プライエボーリ優花里の家族会の日。「プライエボーリ」は元来デンマーク語の「終の棲家」。今の日本では「介護付き住宅」として使われる。外来語の使い方に対する思いは、またいつか。

午前中はフリータイムで昨日に引き続きツーリング。F6の翌日はR100。昨日は北へ、今日は南へ。錦江湾沿いを開聞岳を横目に一路南下。 まったりと2時間走ってきた。ところで、R100は実に「暑い」。今は見慣れたフルカウルも市販ではR100が最初。「雨が降っても濡れない」は本当だけれど、夏は汗で濡れる。「ボクサーエンジン」は足まで熱い。やっぱり、冬中心にしようと改めて思った。

老人ホームの家族会は初めて。 「地域密着型・小規模多機能」という制度の決まりは実に不合理。その自治体に住民票がないと入居できない、等々。人口の多い地域では意味のある制度も、過疎地では・・・。この話題もまたいつか。

ともあれ、入居者の平均年齢82才、介護度4以上が28人中19人 。でも、みんな元気に暮らしている。毎週水曜に花岡クリニックから往診。形は往診だが、実は雑談の時間。戦前からのこの地域の話など知らないことばかり。実に楽しい時間である。

優花里入所中の方々とお話をすると、「作られた認知症」を多く感じる。同居家族の都合と主治医の無知で睡眠薬等を処方され、転倒徘徊繰り返し入居。また暴力行為のため、グループホーム・精神病院経由で入居。BPSDについての一般的な理解度は、まだまだ低い。

介護スタッフがいるから、向精神薬はどんどん減量・中止。薬の無い、ありのままの姿でみんなとっても生き生きしている。職員やボランティアの出し物に拍手や合いの手。僕や家族より、ずーっと元気で生き生きしている。

ボランティアの方の踊りも元気。みんな女性。入居者とさほど年齢の違わない方々が、所狭しと踊って見せてくれた。 「おばあちゃん仮説」を改めて実感した時間でもあった。

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久し振りに自分一人で過ごす週末。明日は優花里(有料老人ホーム)の家族会が4時から。それまでは、全くのフリー!!

朝から快晴。以前はゴルフもしたけれど(下手じゃないですよ!念のため)今は乗馬しかない。 また、一人で行くならバイクしかない。愛車はBMW二台。ゆったり走るときは、ちょっとレトロなR100RS。今日みたいな快晴の山道走りはF650GS。

鹿屋から国道10号に合流するまでの504号とJR霧島神宮駅前交差点からみやまコンセールを経由してアートの森へ抜ける道は、緑いっぱいのワインディングロード。車も少なく、最高のツーリングコース。自分の年齢以下のスピードにしないように、走り抜ける。何年か前に目の前に飛び出してきた車につっこんで、今も右膝の後十字靱帯が切れたままなんか、気にしない。なんせ、事故の時の記憶がないから怖いものなし。

霧島高原乗馬クラブに着いたのは、10時過ぎ。トラジロウがお待ちかね。実のところ、最近少し上達し「ヨシノスーパー」に。決して田舎の雑貨屋でなく、きれいなサラブレッド。久し振りのトラは言うことを聞いてくれない。先生は「言うことを聞かせるように!」と言うけど、蹴っても、鞭を使っても、ほとんど反応なく無視。どうも浮気がばれたよう(?)で汗だらけの一鞍目。

二鞍目は、1時から愛しのヨシノ。先生曰く、「一鞍目は体慣らし。頑張りましょう。」

疲れました。クレインの時はグループレッスンで二鞍乗っても・・・。今日はぐったり。

何とか夕方、家にたどり着いたけれど、帰り道はツーリングではなく『義務』。馬にニンジン、僕には魚と酒。

汗を流した後は、魚屋さんお勧めの刺身(湯引きで酢味噌。名前は難しくて忘れた)とワイン。今は、焼酎( 大海酒造の海王)片手に。

この後は、村上龍の『半島を出よ』の続きを読みます。長編だけど、近い将来ありそうでお勧めです。

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2007.09.05 21:51 |  趣味  |  グルメ / お酒  |  旅行 / 宿  |  さすが!おとうさん!!  | 推薦数 : 0

桜島(9月5日)

暑い夏の終わりに友人が奥さんと一緒に名古屋からやってきた。僕は人間ドック学会(東京)に参加して、彼は土曜に霧島で講演して、日曜朝に霧島で待ち合わせた。

まず霧島神宮へ。厳かな空気と聞き慣れない言葉の旅行団とのアンバランスのなか、何か霊を感じさせる古木などを横目に参拝。展望台から遠く桜島を眺めた。

僕の愛車は、ボルボ240。長男と同じ年の15歳。最近、助手席のドアが上手く開かない。でも、エンジンは快調。長女の言うには「おとうさんと一緒だね。何とか中身は元気だけど、体はもうガタが来てるね。」

友人を助手席に、奥さんを後部座席に乗せ、一路南下。

霧島から桜島口まで約1時間半。一部は町並みがあるものの、基本は自然いっぱい。山の緑と海の青。そして、夏の積雲と真っ青な空。最近の僕には当たり前の世界も、友人夫婦には息抜きの時間だったよう。

途中、黒酢の「桷志田 」で休憩。圧倒的な自然の中の1万を超える壺に圧倒されながら味見。友人共々、男は酢が苦手のようだが、奥さんは愛飲していると。ドレッシングがお土産になった。

桜島は、標高1000mを越える頂が3つある大きな半島。薩摩富士とも呼ばれる開聞岳(924m)とともに、鹿児島の代表的な山。名前はよく知られていても、友人も言うように、まさか1000m以上の大きなイメージは浮かばない。噴火していなくても、湯之平展望台から見る御岳は圧倒的。まだ訪ねたことのない方には、是非来てほしいところだ。

ところで、桜島が大隅半島に繋がったのは、1914年。まだ100年経っていない。知ったときにはびっくりした。友人にそれを話した時にも、「そんなに最近!?」と。普通はそう感じると思う。最初にそれを知ったとき、 勇んで娘に話した。「へえっ〜!そんな昔なんだ。」子供には勝てないと思った一瞬でもあった。

打ち上げは、回転寿司「寿司虎」 。縁も義理もないが、絶対のお勧め。都会の高級寿司屋に負けない味だと思う(実は行ったこともないが)。もちろん値段は、普通の回転寿司レベル。宮崎から大隅半島にかけて旅行される方には、避けて通れないスポットである。

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野戦病院と言われるほど忙しい三次救急病院で研修を始め、そのまま脳外科医としての生活を続け、鹿児島に来てからは老人医療・在宅医療中心になり、多くの方々の「生き様・死に様」を見せてもらった。最近は、「死ぬ権利」と言う言葉もあるが、命の本質から離れているようで今ひとつ好きになれない。

多くの死に接して思うことは、生物学的な死ではなく、『魂』の存在である。最初に感じたのは、脳外科を始めて1年半ほど経った昭和57年秋。18歳の青年が頻回の嘔吐で消化器内科を受診したが、精査しても何もなし。そこで、内科の先生が腰椎穿刺をしたら昏睡状態になって、慌てて脳外科に紹介。今なら、まずCT・MRIの時代だが、当時はCT1スライス3分の時代。最新のものは2秒以内。必ずしも内科の先生を責められないが、結果的には大きな脳腫瘍(松果体腫瘍)と水頭症。診察した時には、両側瞳孔散大。緊急脳室ドレナージをしたが、完成したヘルニアは回復せず脳死状態になった。

話を聞くと、母一人子一人。中学卒業時に母親を助けたいと高校進学を諦めて就職。必死に働き出したが、 一年ほどすると体調不良を訴えるようになり、17歳になってからは仕事にも出られなくなった。そして、吐き気を訴えるようになり・・・

救命センターのベッドで最期を迎える時、母親は長時間の付き添いが許されないので待合室待機。 心電図上、徐脈になりもう危ないと母親に入ってもらうと、一気に回復。二時間ほどそのまま安定。外に出てもらうと、少しずつ徐脈に。入ってもらうと、また回復。出てもらうと、また徐脈。結局亡くなったのは最初に入ってもらってから約半日後。それが『魂』を思った最初である。

同じようなことが、その後も何度もあった。臨死体験を話してくれた患者さんも一人ではない。「21g」は本当のところだと思う。「21g」とは、魂の重さである。

『魂』を思う時、『神』を考える。キリスト教のような宗教論とは違う、生物全体の魂の集合体のような存在。八百万の神の、そのまた集合体のような感覚。

人には脳がある。「神の存在は人(脳)が作り出した妄想」のように語る人もいる。だが、自分の経験してきたこと、脳のない植物の生き方などを思うと、当たり前に「超自然的な大きな力」を感じる。アインシュタインほど道を究めたわけではないが、彼が教会主義を否定した上で「敬虔なクリスチャン」と言われたのもよく分かる。

身近な僕の「聖書」は、手塚治虫の『火の鳥』である。宇宙空間に全生命(魂)の集合があるという。彼の思想は漫画の形を取っているが、数々の作品は「生命の尊さ」とその集合体としての「超自然な力の存在」に通じる。その頂点が『火の鳥』だと思う。

今は暇さえあれば本を読んでいる子供たちが、勉強嫌い・文字嫌いだった頃に読み始め、何度も何度も読み返していたのが『火の鳥』全13巻だった。僕の考えは別にしても、すべての人にとって是非読んでほしいと思う。その価値も十分あると思っている。

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先週末、東京慈恵会医科大学で開催された「人間ドック健診情報管理指導士」研修会に参加してきた。

木曜に台風が九州上陸し欠航が相次いだので心配したが、翌日は上天気。到着した東京も上天気で、さらに台風に吹き込む南風が猛暑日をプレゼントしてくれた。会場の大学講堂は昭和10年に造られたという由緒ある建物。空調も伝統ある効き方、さらに満員の参加者の熱気(体温?)で、減量にはもってこいの環境だった。大型扇風機の回る会場はいい思い出になった。

 今回の研修は、来年から始まる「特定健診・保健指導」における「厚生労働省が定めた保健指導実施者に望まれる一定の研修」に相当するもの。必要不可欠な資格ということで、研修前後に何度も出席をチェックをする念の入れよう。

健診に相当額がかかるので、反対の立場の方も多いという。が、健診が大切かつ有効という例で面白かった話。 

ある保険組合で、1000円相当の歯ブラシセットを被保険者9万人に配った。9000万円の出費である。この保険組合は、年間400億円の保険支払いがあり、一位が歯科への30億で二位が心疾患の14億。歯ブラシ配布の効果は、食後の歯磨きが13.5%が15%に増えた。たったの1.5%増である。 ところが、歯科への支払いは1億4000万円減。差し引き5000万円の経費削減である。

禁煙指導にしても、ニコチンパッチなどにかかる費用を計算しても、禁煙率50%で医療費を計算すると4年で単年度黒字、 6年で通年黒字、以降はどんどん黒字増加。

要するに、健診保健指導は財源的に有効であるし、「ピンピンコロリ」の一手段ともいえる。

もう一つの「在宅医療」と合わせて、国は財源問題で考えているのかもしれないが、見方を変えれば、医療本来の姿に近づくチャンスだと思う。

地域の人が安心して暮らせる環境作りに協力していきたいと思っている。花岡クリニック、物忘れ外来、訪問診療・・・やり甲斐のある毎日が待っている。でも、本音は毎日遊んで暮らしたいのだが。

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