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この時期、ここ数ヶ月見かけなかった顔を再び見ることが多い。
試験期間中通院どころではなかった、受験生たちだ。
「どうだった?」と声をかけると、当たり前だがその返事は悲喜こもごも。
「過ぎてしまえば浪人生活も楽しかったよ」といってあげることもできるが、
今からそんな言葉をかけても何の慰めにもならない。
「そうか、残念だったね」という以外に気の利いた言葉が思い浮かばない。
学生時代、OBの先生が落ち込んでぼやいていたことがある。
「・・・たまにうちの科の試験監督にいくんだけど、
俺カンニングってしたことがなくって、どうやるのか知らないので、
学生がカンニングしているかどうかまったく判らない」
まじめな先輩だったので、試験監督=カンニングの摘発
=見つけることができないことは試験監督として相応しくないと思っていたのだろう。
わずかな大学勤務の間に試験監督をしたことがある。
もちろん上の先生がいて、その他大勢の1人であったが。
卒業して間もないと顔見知りの後輩もいて不平等になる可能性もあるので
試験監督は、学年的に離れたものが担当することが多い。
ただ、私は入局した医局が母校の医局ではないので、学生さんたちの中に知人などもいず、
情状が入り込むこともないので頼まれたのだったような気がする。
いやはや、試験というものは受ける立場と監督する立場とではこうも違うものか。
「うちの科の試験くらいでそんなに力入れなくても」と思うのも
逆の立場からすると「とんでもない」、となるのであろう。
なるべくプレッシャーをかけないように、たまに答案用紙を覗くと
それに気づいた学生さんが、段ボールの中の子犬のような眼差しで見上げてくる。
ヒントが欲しいのか、どこか間違いがあるのか不安になったのか。
声を出すこともできないので、ただ微かにニヤリとしてあげると
少しホッとした様子で試験用紙に戻る。
学生時代、似たようなことがあった。
試験の最中に、1人の監督官が私のそばに立って動こうとしなかった。
気になって彼の方を見ると、私の答案用紙の一点を凝視している。
その視線を追って答案用紙を見ると、誰の目から見ても明らかなケアレスミスが。
ハッとしてその試験官の方を見ると、今度はあらぬ方向を見ている。
答えを書き直して視線をあげると、その試験官と目が合い
気のせいだか、その目の奥が一瞬笑ったように見えた。
ただ、中には明らかに怪しい動きをするものもいる。
その場合、気づかれないようにそっと近づき現場を押さえる、のではない。
現行犯で摘発してしまうとその場で留年が決まってしまい、
新たなる医者の誕生を1年遅らせることになる。
そこでカンニングを未然に防ぐということが一番大事な使命となる。
わざと動きが判るように敵の近所まで近づき、
ターゲットは違う方向を見ながら背中で圧力をかける。
お互いに視線があったわけでもないのに、これだけで
「・・判ってるぞ」
「気付かれた!!」
という会話が成り立つ。
まあ、もちろん試験中に携帯なんぞいじっているやつがいたら
即刻没収、くらいのことはしていただろうが・・・
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仕事が終わり、うちに帰った後には食事を摂りながらTVのドラマを見ていることが多い。
『ニュースを』という声もあろうが、 純粋に起こった出来事を知るにはネットで十分だし、
恣意的に編集されたニュースショーを観る必要性を感じない。
閑話休題、
ただ、帰ってくる時間帯が遅い上にまちまちなので、必然的に録画をして、後日見ることになる。
つい先日やっと、この秋スタートのシリーズに突入した。
無論、2〜3週遅れて見ることになるので、その間に評判も聞くことになる。
そこで割といい評判だったのが『ガリレオ』だった。
天才物理学者と新米(女性)刑事が難事件に、というステレオタイプの設定なのだが、
評判も悪くないようなのでそれなりの期待値で見始めた。
初回は『人体発火』がテーマであった。
頭(というか髪の毛)に火がついただけで、いきなり人が死ぬか?!
周りの友達は驚いているだけで、誰も火を消そうとしていなかったが
火がついて燃えてればとっさに火を消そうとするだろう!!
とまあ、突っ込みを入れつつ見ていると、どうもレーザーを使って火をつけたらしい展開に。
レーザーが凶器となれば興味の度合いは格段に上がる。
空中を走る赤い糸(実はレーザー)を見た少女が現れ、
近所には炭酸ガスレーザー で金属加工する会社が有りと
状況証拠が積み上げられ・・・・・・・
と、ここで
「チ、チ、チ、ダメだね。
素人さんのイメージは、レーザーは赤い色かもしれないけど
炭酸ガスレーザーは無色で見えないの。
赤いレーザーはヘリウムネオンか、ダイオードレーザー だぜ。
この番組も底が知れたね・・・・』
だめ出しを。
しかし、これは早計でした。
話が進むにつれ、ヘリウムネオンをガイド光にし軌道修を行い
炭酸ガスレーザーを凶器用のレーザーにと使い分ける細やかさを見せ、
ヘリウムネオンを使って微修正を繰り返し、標的に確実に命中させたことを
殺意の根拠とするとは・・・・・・
お見それしました。m(__)m
が、
金属加工用のレーザーを頭に照射すれば、火がつくどころではなく、
頭蓋骨を貫通して、脳みそも焼けるのでは?
医療用の炭酸ガスレーザーは先端から3mm位のところに焦点があって、
それ以上離すと効果が格段に落ちるんだけど、
工業用レーザーにはフォーカスがないの?
という疑問が・・・・・・・
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水曜日は、クリニックの休み明けとなるので、通常混み合うことが多い。
そのため、下手をすれば午前中の診療が1時半過ぎまでかかることすら珍しくない。
ただ、今日は時間のかかるケースもなかったためか、
珍しく1時ちょうどからお昼休みに突入。
他の曜日だとお昼休みに手術を入れてあるが、
水曜日は時間が読めないためになるべく手術予定を入れないようにしてあり
今日みたいな日は、全く何にも縛られない贅沢な時間がポッカリと出来る。
そこで、ビルから出てふらりと散策。
といっても、駅前の本屋に行っただけなのだが。
このビルの3階からつながった歩道沿いに、本屋のあるビルに向かうと
途中にある公園を見下ろすことが出来る。
去年の春過ぎに出来たばかりの公園で、植えられた木々もまだ細いのだが
か細いながらに全体に花をまとった桜の木もある。
ちょうど日当たりも良く、ビルが風も防ぎ、近くにベンチもあり
10年たったら お花見にちょうどいいかも・・・・・・
もっとも、蓙をひいてお弁当を広げる雰囲気ではないが。
ホコホコとした日だまりの中を本屋まで往復、
普段にはないささやかな贅沢でした。
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昨日、九州から関東で春一番が吹いた、らしい。
何分、日中ビルの中に籠城しているのであくまで伝聞にしか過ぎないが。
関東では初雪も降らず、いきなり春一番ということで
地球温暖化の一つの表れ、と騒ぎのネタにもなっているようだ。
確かに、今年は暖かい。
我が家やクリニックの近所では、
気の早い桜は満開になっているし(流石にソすメイヨシノではないようだが)
ツツジも数輪、花が開いている。
それだけで地球温暖化、異常気象と騒ぐ気にはならないが
風情がないのには間違いない。
我々が子供の頃、「天気予報で今日の最高気温は32℃でした」と聞いただけで
「今日は確かに暑かったもんな〜〜」と思っていたのが
最近は36℃でも「あ、そう」という感覚になってきて
確かに温暖化が進んでいるのは間違いないと思う。
そして、その原因の中に人間の存在があるのも間違いないと思う。
ただそれが、地球という存在にとって果たして異常な状態なのだろうか?
宇宙という悠久の存在の中にある、地球という一個の生命体の生涯において
人間(人類ではなく、あえて人間)がのさばる期間というのは如何ほどだろうか。
長大な時間の流れの中で、一瞬ともいえるひとときを捕らえて、異常というのは
これもまた、人間の思い上がりのようにも思える。
例えるなら、地球がその生命の営みの中で、
ヒトが風邪をひいたとき、その身体が熱を出してウィルスを押さえるかのごとく
人間という厄介者を退治するために
身震いをし、一時的に熱を出しているだけのような気がする。
もっとも、たかが風邪でも死につながることもあるので
地球温暖化を決して楽観視しているわけではないが。
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が、なにやら大変なことになっている。
ただ、正直言って「今更何を」というのが本音である。
だって、TVって、ショーでしょう?コマーシャルでしょう?
何よりも大事なことはいかに多くの人にみてもらうかということ。
そのためには当たり前のことを当たり前に放送しても意味がないわけで、
演出が入り、ショーアップされてしまうのも必然。
これはバラエティーだけでなくニュースでも一緒。
単なる事実を伝えるだけでなく、
「・・悲惨な光景が・・」「・・○×容疑者は まるで無関心な様子で・・」
って、これは事実でなく、単なるレポーターの個人的感想でしょう?
ただ、厳然たる事実のみを客観的に伝えても、あまりみる気にならないでしょうがね。
TVとはそんなものと、端から思ってみていると
今度はTVが本当に伝えたいことが見えてくる。
「・・・ああ、この番組のスポンサーは太りにくいオイルを売っているから
ダイエットに興味がある人はそれを買えと伝えたいのだな・・・」とか
TVも商売。
いい商品(=高い視聴率) を作って、高く売る(いいスポンサーについてもらう)のは
商業行為としてごく真っ当なことなので、それを責める気はない。
ただ、問題なのは、
いい商品を作るのなら何をやってもいいと思いこんでいること(今回のケース)と
一部の当事者たちがショーだと認識せずに
むしろ、自分たちこそが社会正義、社会の代弁者だと思い上がっていることだ。
ライブドアのフジテレビ買収騒動の時に、「報道の公共性」 「ジャーナリズムの中立性」etcと
いわゆるジャーナリストやコメンテーターと称する人が散々言っていたが
あなた方は何者にも(当然スポンサーにも) 左右されない報道を行っているのですか?
本当に伝えなければいけないことを、事実のまま、客観的に伝えていますか?
でなければ、
(えせ科学番組ではない)本当のバラエティーとドラマ
天気予報、交通情報、だけで十分です。
ちなみに、私は新聞は取っていないので新聞はなくてもかまいません。
納豆自体に関してはお気の毒としかいいようがない。
いろいろな意味で優れた食品であるのは間違いないのでね。
少なくとも、意味もなく高価なコラーゲンやプロテインを 摂るより
納豆を食べた方が美容的には遙かに優れていると思う。
ただ、何事もやり過ぎ、偏りというのはよくないので
1日2パック義務のように食べるのは、如何なものかと思うが。
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