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さて、四国初上陸であった学会から帰ってきたわけであるが、
まあ、覚悟していたこととはいえ、いきなりの暴雨風であった。
澤本先生と2診体制だったのでやっと乗り切れたようなものだ。
学会はというと、抄録集(こんな事発表しますというパンフレットのようなもの)を見た時点で
今年はあまり面白い発表がないなと思っていたのであったが、
まあ予想通り。
代わりに招待講演(学会が主に海外の偉い先生を呼んで講演してもらうこと)
を中心に聞くことにしていたのだが、地震の影響でほとんどが中止。
関連する企業が新しい機械などを持ってくる、展示ブースも目新しいものはほとんどなく
全体的に盛り上がりに欠けた学会であった。
ただ、色々な学会が軒並み中止になる中であえて開催したことと、
招待講演は中止になったものの、一般演題の中止はわずか14題だけだったというのは
すごいことだと思う。
例年、学会初日の夜に医局の宴会があり、2日目夜に学会主催の懇親会があるのっだが、
今年は流石に懇親会は中止となった。
医局の宴会も、正式に案内状が来るわけでなく、学会場で顔を合わせたときに
どこそこに何時に待ち合わせというのを聞くだけだから、
知り合いの先生に会わないと参加しないこともある。
ところが今年は、初日に現教授(兄弟子)に遇い、
「 おい、来るか?」と誘われ、
「いいすよ」と軽く話に乗り、
医局の若い先生達(その大半はお互いに顔も知らず)と
食事会(というより宴会)。
2日目も、懇親会が中止となり暇をもてあました寂しがり屋の現教授の鶴の一声で集合となり、
またまた、たまたま、居合わせたために、2日続けての宴会となった。
医局の遠方で、一人寂しく開業していると、
こうした和気藹々とした雰囲気は味わえないから
これだけでも行った甲斐はあったといえよう。
もちろんその他にも、少ないとはいえ得るものはありましたけど。
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毎週金曜日に来てもらっていた女医さんが、8日を持って退職となった。
彼女には、金曜日以外にも、どうにも混雑が予想される土曜日に来てもらったり、
かなり助けてもらった。
最終日、ちょっとした空き時間にはなしをしていて
「先生、ここいつから手伝ってもらってたっけ?」
というと
「・・?・・・いつから来てましたっけ?」
「・・確か、お台場で学会があったときにイモジイ(共通の知人)に
今手伝ってもらってるんだよというはなしをしたし、
その学会が・・・・金沢、横浜、名古屋の前だから4年前。
その前の年の春からだから、丸5年?」
なんだかややこしい数え方をしてしまったが、
月日が過ぎるのは早いものである。
大学に所属していると、医局の都合でいくつかの病院を転々とすることがある。
多少の要望は聞いてくれるが、基本的には上意下達の世界なので
意に適わない出張病院に出向することも少なくない。
そうした病院でも、多少の期間いると自分を頼ってくれる患者さんができ、
移動の時に、後ろ髪を引かれるような、見捨てていくような慚愧の念に駈られることもあった。
開業をしていると、余程のことがない限りは移動することもないし、
こうした想いは引退するまでは味わうことはないだろう。
しかし、逆にその時は、開放感とともに、
とんでもなく大きい喪失感を感じるのではないかと思う。
金曜日が独りでの診察になる代わりに、
現在、月、水に来てもらっている先生が木曜日にも来てくれることとなった。
こうして、徐々に取り込んで、身動きできないようにして
クリニック丸ごと押しつけよう。
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染井吉野の枝、というより樹が全体に薄紅色に染まってきた。
満開になるのも間近だろう。
「薄紅色」、この表現が正しいか判らない。
最初はピンクと書こうかと思ったが、横文字は相応しくない。
かといってピンクをそのまま日本語にすると、ピンク=桃色。
桜の色の表現をするのに桃色はないだろう。
日本語で色を表現する言葉は100種類近くあるようなので
何か相応しい言葉がないか捜してみたが、あったのは文字通りの「桜色」。
そういえば「桜エビ」「桜鯛」はあるが「桃エビ」「桃鯛」はない。
「桜色」は薄紅色の中でも特別な色なのか。
んじゃ、何でピンクは桃色?
「桜色」が淡紅色の代表的な色なら、ピンク=桜色でもいいような気がするが。
今年は地震の影響もあり、お花見を自粛するように要請が出ているという。
飲めや歌えやの宴会的「お花見」は好きではない。
それでも余計なお世話と思う。
何でもかんでも「華やかなことは不謹慎」「自粛をすべし」とは思わない。
そう思う人がそうすればいいだけのこと。
自分の価値観が唯一正解と思い、目くじらを立てるのはいかがなものか。
もっとも、震災に人手を取られて警備に人手が割けないから
酔っぱらいの面倒までは見きれませんよ、というのなら話は解らないでもない。
酔っぱらいがいず、生ゴミ臭くない桜を愛でるのは
それはそれでありがたい。
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