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「先生、15年前にH病院にいました?」
生後3ヶ月のチビちゃんの、経過を診せに来たお母さんが唐突に言った。
「ここを開業したのが11年前だから、15年前だったらそこにいたよ」
「実は私、15年前、高校生だった時に先生にお世話になったことがあるんです」
『お世話になった』
実は、非常に苦手な言葉なのである。
相手は、当然、感謝の意を込めていってくれているのは解るのであるが、
正直、どうした態度を取ったらいいのか判らない。
そういわれると嬉しくもあるのだが、同時に面映ゆく、居たたまれない気持ちになる。
仕事として当然のことをしただけなのだから
『お世話になった』なんていってくれなくても、という思いもあれば、
過去の自分の、仕事結果を知りたくないという気持ちもある。
以前やった手術の結果を見せられるということは、
幼い頃に描いた絵や文章を、目の前に突きつけられるような気恥ずかしさがある。
もちろん、15年前といえば、それなりに成長はしていたはずだし、
稚拙な技術の結果を、目の当たりにするのがつらいわけではない。
むしろ、「こんなに綺麗な傷跡になりました」と、
よい結果を誇らしげに見せつけられることの方が嫌だ。
褒められ慣れていないために、どう対応したらいいか判らないのか、
何か褒められることに対してのトラウマがあるのか、
感謝の言葉を聞くと、その場から逃げ出したくなる。
以前の患者さんに、あまり会いたくない理由はもう一つある。
『15年前、高校生の時に・・』
当時高校生だとしても、15年も経てば一児の母であってもおかしくはない。
寝返りも打てなかったチビちゃん達が、やがて診察室の中を我が物顔に走り出し、
さらには、小生意気なことをしゃべり出す。
しかし、常に新しいチビちゃん達が来るので、個々の成長をみていても
時と流れとしては留まっているような錯覚を覚える。
これで、自分に子供がいればその成長を目の当たりにするのだが、
我が家は同居人と2人の生活。
通常は、己らの時の流れとは無縁に生きている。
しかし、以前診ていた患者さんが現れると、いきなり時の流れを目の当たりに突きつけられる。
いつまでも若いままでいるつもりの仮想空間から現実に引き戻される。
などと書いていたら、以前中学生の頃に見ていた娘が数年ぶりに現れた。
「いくつになったの?」
「二十歳です。大学生です!!」
幼い少女が立派なレディである。
時の流れからの、現実逃避が難しくなる。
仕方ない、頭皮の老化が進まないことだけを良しとしよう・・・・・
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