アポロが月に到達した39年前の夏、私は大きなリックを背中に担いだ当時蟹族言われたスタイルでユースホステルを利用して北海道一周バス旅行をしていた。今は懐かしい思い出である。ユースホステルといえば若者向きの会員制簡易宿泊施設である。宿では学生サークルの合宿さながらに、その日の投宿者全員で夕食を囲みながら自己紹介後ミーティングし親しく歌やゲームを楽しむ。寝床は相部屋の2段ベッドで西欧風の新鮮な雰囲気があった。それも時代の流れから下火になり会員数も減って来ていた。代わりに民宿やペンションが増えた。最近になり若い頃の利用者で今は年金生活者のつましい暮らしの50代以上の方々が帰ってきた。90年頃になりミーティングは廃止され、家族や夫婦が同じ部屋に泊れ食事も豪華になっている。利き酒会などの出来るユニークな施設も出て来た。そして年齢に関係なく利用されている。これは世界的な傾向でユースホステル国際団体も今年、ユースの文字が抜けた。オランダではステイオーケーと改名した。日本でも改名の動きがある。
白い夏

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昨日の夜、NHKテレビ紀行物「てつ旅」で林家いっ平、熊田曜子の2人が九州JR指宿枕崎線の列車で篤姫ゆかりの里を巡る番組が放映された。私のクリニックはその沿線にある。映像に少しばかり映った様な映らなかったような、いずれにしても興味深く見た。今ドラマで人気の篤姫の里、薩摩今和泉の駅では、地元指宿商業高校の女生徒達と婦人会が合同制作した篤姫団子に私が以前このブログに書いた「車軸を波が洗う駅」の宮ヶ浜駅が出て来た。この駅は昭和58年に無人駅になった。その時の最後の駅長さんが出て来た。しかも興奮したのはその方が何と私のかかりつけの患者さん。昔、国鉄マンで駅長さんの経験もあるとは聞いていた。まさか宮ヶ浜駅最後の駅長とは知らなかったのでびっくりした。私がまだ小さかった頃の駅の様子をブログに書いたが、同じような事を話していた。台風のときは高波が線路を越えSLの床を洗った話や、汽車が来るまでの間は海岸で貝を獲っていた話や当時の駅の賑わいを写した貴重な写真も流れて懐かしかった。
ホンの前まで海が荒れると波が軌道敷土盛を越えて汽車の車軸を洗った。日本で一番海に近い駅はどこの駅でしょうとクイズになった事もある。NHK大河ドラマ「篤姫」で人気の高い指宿今和泉駅の南隣駅の宮ヶ浜。今は無人駅となった。篤姫ブームを見越して鹿児島県が8億円の予算を使い、この宮ヶ浜駅を含め篤姫にゆかりの場所を整備し波打ち際と駅の間に湾岸道路が建設された。階段状の防波堤も作られ海浜公園になっていて錦江湾を一望出来る。かっては台風の荒波に赤貝が駅舎内まで打ち上げられ、袋一杯に獲れた経験がある。今は波が駅まで押し寄せる事もなくなった。篤姫が幼少時に遊んだ隼人松原から海岸沿いに広い舗装道路が指宿市街地まで延びている。ドラマでロケ地となった知林ヶ島に続く海岸を経て、砂風呂の砂楽、白水館、岩崎ホテルなどのあるホテル街まで簡単に行ける。駅の近くには薩摩の名物の芋飴工場と、焼酎の醸造所が並んでいる。焼酎天障院篤姫を醸造した会社のコマーシャル用ビデオ撮影現場に行き有った。その後、浜辺を散策した。夕凪の中で鷺が小魚を漁っていた。
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日曜の夕方、日が翳ったのを見計らって知事選の投票に行ったついでに魚見岳に登った。この山は正面から見ると一つの山に見えるが実際は2つの山が重なり合っている。220mの高さしかないが上まではゆるい勾配を紆余曲折して登るので結構長い。頂上にある鉄塔の螺旋階段を展望台に上ると全てのものが足下に見える。空中に浮かぶ感じで眩暈がする。足が震えて鳥肌が立つ。長い時間は留まれない。東に知林ヶ島、南に佐多岬、その対岸にいわさきホテルを望める。その日は空が澄み切って遥か南の海に浮かぶ屋久島がかすんで見えた。
魚見岳と知林ヶ島は地図の右上端にある。
下の写真の画像は拡大出来ます。画像にポインターを置きクリック。暫くまっと次画面に移行。拡大クリック1回。
知林ヶ島と海の向うに大隈の山々。
深緑の山の向うに雲を頭に屋久島が青くかすんで見える。
佐多岬といわさきホテル。
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2~3日前の激しい雷を伴った雨が嘘のように晴れた。雷鳴で梅雨が明ける言い伝えは本当である。真っ青な空がどこまでも拡がり、ちぎれ雲の純白が眩しい。山の頂の深緑がくっきりと見える。今年はいつもより1週間早く梅雨が明けた。一遍に夏に突入、野外は陽射しが刺すように痛い。気温は35度と今年一番の猛暑日。7月初めての日曜日は晴天に恵まれてドライブを楽しむ車も多そうだ。行楽シーズンの到来である。きらきら輝く海にはヨットが浮かび、潮の引いた磯辺に蛸突きをする多くの人の姿が見られた。




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篤姫の里、指宿市街地の東に、海から直接せりあがるなだらかな山、魚見岳がある。私が朝な夕なにみて育った。その名の通り頂からは四方に大海を見渡せ魚の群れを直ぐにも見つけられそうな気になる。市内の西側から見ると蚕が這った形をしている。海の向うの雲居には大隈の山々が青く連なる。麓から曲がりくねる広葉樹のトンネルの山道をのぼるり切ると平らな広場に行き着く。車も相当停められる。春は桜で埋まり、秋は紅葉で染まる。かって明治の歌人、与謝野晶子、与謝野寛夫婦はここで遊んだ。寛が読んだ短歌の碑が建っている。最も高い場所にはビルディングを思わせる程の大きな鉄塔が立っている。その下に展望台、横には指宿市街へ向けハンググライダーの踏み台も設えてある。展望台に登るとその絶景に目が眩む。まるで鳥になった気分を味わえる。南には佐多岬から東シナ海。西になだらかな稜線の続く南薩の山並み、その向うに開聞岳が頭を覗かる。東に高隈山が雲の上から首を出す。錦江湾の煌めきの北には櫻島がかすかに霞む。山すその沖合いに大小2つの島が浮いている。大きい島との海べりの間の海峡は干潮時には砂洲で繋がる。昨日の晴れて爽やかな夕方、思い立ってこの山に登った。登山者は私以外は誰も見当たらず夕暮れ時の素晴らしい風景を一人占めした。



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今日の日曜当番医は雨であった。雨天では外出は避けるし車での遠出もためらってしまう。当番医は外科系と内科系の2箇所となっている。外科の私は交通事故や怪我、虫刺されなど外傷を診療する。従って雨の日は晴れた日に比べれば静かなものである。車のドアで指をはさんだり、家でふざけていて肘内障を起した子どもぐらいであった。午後からは雨が止み明るくなった。当番の時間切れ間近になって、少年が指に釣り針を引っ掛けて遣って来た。海岸の突堤で仕掛けを投げようとした時に引っ掛かった。仲間が外そうとしたが引っ張れば引っ張るほどますます食い込んだ。どうしようも無いので受診したと言う訳である。針の刺さった周囲は赤く腫れて痛々しい。局所麻酔を打って針の刺入部と先端の返しとの間を切開した。針は独りでに外れた。ここを切開すれば汚れた針の通った孔の開放にもなるので感染も防げる。いとも簡単に外れた物だから、当の少年は信じられない様子で外した針を記念に持って帰るからケースに居れてくれとせがんだ。

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5月31日は世界禁煙デーであった。目だったキャンペーン・イべントはなかったが禁煙に向けてのインパクトのあるトピックが2~3あった。その1つがタバコ税を上げて欧米並みの1箱1000円にしようと政府に働き掛ける超党派の議員連盟が出来た。秋の臨時国会に法案を提出する予定である。消費抑制効果を狙うと共に税収を健康・医療目的に使う事が出来る。社会保障費に振り分ければ後期高齢者医療見直しに必要な財源も得られそうである。一石二鳥の効果がある。2つ目は経口禁煙補助薬のチャンピックスが薬価収載された事と禁煙ガムのニコレットに続いてニコチンパッチがOTC医薬品として医師の処方無しに普通に薬局で買える様になった事である。保険が利かないので費用は少し高く付くが希望者にはとっては便利になった。かしこまって医療機関に行かなくてもすむ。これに関して経済財政諮問会議の委員がタバコのみが屯する駅の売店で販売すれば禁煙が進むのではないかと提言しているほどである。禁煙普及効果が最も注目されるニュースが今朝飛び込んだ。神奈川県はすべての公共施設、レストラン、パチンコ店等の娯楽施設までもを禁煙にする条例を制定する。罰則をつける。すでにフランスなど西欧では徹底して居るそうである。やっと受動喫煙防止は常識として認識できる世の中になってきた。
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携帯電話掲示板に自分の残虐行為の計画を書き込んだのだからすでに世間のみんなは知っていると錯覚した加藤容疑者。予告した現場に行って見たが警察も動かないしマスコミも騒がない。誰一人として自分に注目するものが居ない。これまで世間に疎外されたと思い込んで来て世間を逆恨みする自己顕示欲の強い加藤容疑者は取調べで事前に誰か止めて欲しかったと心情を白状した。重大な事を起こす予告までした自分を完全に無視したと考えて逆上した事は充分に考えられる。容疑者は小さいときから些細な事で怒り感情爆発する性格であったと報道されている。自分を抑えられ無かったのだ。計画通りの回路が開いてしまった。えてしてブロガーは投稿した内容を世間の人の多くが見て知っている様な錯覚に陥りやすい。心しなければならない。
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私のブログへのアクセス数は昨日で60万回を超えた。始めてから2年が経過した。投稿数779で1日に1つ以上を書いて来た事になる。最初の頃こそ少なかったが最近は1日1文以上を心がけている。特別な日がそんなにあるわけではないのでテーマ探しには苦労している。ごく卑近な日常を書く事で、自分の生きた証を残そうと考えている。その時、その時の心のありようと私を取り巻く人間模様を書いてきた。その為に迷惑を被った人もいると思っている。2年前の文章を見直してみるとこんなことを考えていたのかと自分ながらに感心する事も有る一方、年を重ねる毎に根気がなくなっている自分を見るような気がする。少しでも時間を見つけて書き残して行こうと思う。その意味で60万アクセスは強いモチベーションを与えてくれる。アクセスして下さった皆さんに感謝します。http://blog.m3.com/den/20060517/1
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