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看取りケアは、死に逝く人の豊かな安心感を作ってあげる行為である。ケアする側がそれまで培ってきた命に対する敬虔な価値観や看取られる人とその家族の死生観を根底に据え、個別的に、今を生きている方に、何が最善であり、してあげられる事は何かを考えながら、看取られる側と看取る側の一体感の感じられるケアの場面作りが大切である。人との関わりより物との関わりが多い日常業務に翻弄されるのではなく、ケアは命と向きあう仕事であるとの意識を持ち、高齢者の置かれている状況に思いをはせ、その方の歩んで来た人生を讃え、尊厳を伴う強い信念と優しい心を持ち続けながらケアする事が重要である。
高齢者の人生の終末期には、それまで培ってきた生きる力を駆使し体の衰えに向き合い暮らして来た思いが、その人らしい生き方を醸し出し、私達に別れの出会いを作ってくれる。その人らしさを知る事は尊厳を守る上で大切である。看取りケアの基本は豊かな生に裏打ちされた安らかな死への橋渡しである。豊かな生は、その人らしさを知り、それを保つ支援から生み出される。スタッフはその人らしさの発見に努めなければならない。看取り体験は必ず次のケアに引き継がれる学びと成る。看取りケアでは尊厳が大切な視点である。この尊厳とは、介護者が外から見たものではなく、意識レベルが低いにしても、その人が感じるであろう尊厳の事である。尊厳の保持を虐待の視点から考えると分かり易い。虐待には①身体的虐待②心理的虐待③性的虐待④経済的虐待⑤ネグレクト介護放棄がある。年を取ると食事に時間がかかる。その人の生活リズムを考えず時間にあわせて急がせ、無理やり食べさせ、食べないからと、片づける。これも虐待である。子供扱いにする、これは人の尊厳を理解しない事によって生まれる。一人ひとりが人格の有る個人としての扱いがなされていない証拠である。性的虐待として人前で排泄処理する事も挙げられる。ネグレクトに至っては意識が無いからと放置される事である。自宅に居れば幾度となく撫ぜられたり、拭いたり、唇を濡らしてあげるなどされる筈である。意識が無くても必ず介護の手を施す事が大切である。尊厳は介護する側の心の中にあり、相手の気持ちになってつらかろうな、痛かろうな、さびしかろうなと思う事である。それから尊厳の有る看護、介護が始まるのである。
生まれる時と所は選べない。だが死に方と場所は、ある程度、選ぶ事は出来る。しかし舞台の創出と演出はそんなに簡単ではない。多くの日本人は死に方として家族に迷惑をかけず、自宅で心臓病か脳卒中で苦しまずに突然死するいわゆるぴんぴんころりをイメージし、それが一番、往生際が良いと思っている節がある。ところが現実としては、そのような状況は、周りに多大な迷惑を掛ける。自宅で前触れもなく意識を失って倒れたら、それに気付いた家族は慌てふためき、119番して救急車を呼ぶ。もし死んでいたらパトカーが来る。そして隣近所を巻き込んで大騒ぎになるのは必定である。さらには警察が遺体を裸にして検死する。第一発見者は調書を取られる。たまたま死なずに生き残ったとしても病院に救急搬送され挿管、点滴、経管栄養をされたスパゲッティー症候群になるのがせいぜいである。ぴんぴんころりは全く往生際が悪い。自分は良いにしても家族にとっては予期せぬ大変な出来事であり悲嘆も大きい。年間3万人を超える自殺者の死もまたぴんぴんころりであり残された家族の悲嘆はいかほどであろうか。まわりに迷惑をかけないで自分も納得出来る理想の大往生とはかかりつけ医の管理の下、家族や大切な人に見守られ住み慣れた家で眠るように安らかに最期を迎える事なのである。元気な時に、この様な状況を考える事の出来る人はいない。
願わくは 花の下にて 春死なぬ
その如月の 望月の頃
西行法師
医学は人間の生の質(QOL)を高めるためにある。しかし死の問題が伏字にされタブー視されている現在の医療現場ではかけがえのない大切な人生の最後の瞬間の死が沢山の管に繋がれ、周りを延命装置に囲まれて遣ってくる。家族は締め出され、ゆったりした別れが許されない。最も大切な瞬間である生の質を切り捨てて量的な生のみを追求する場になっていないか、現代医学全体を根本から変えて行かなければならない。
施設での看取りに同意はしたものの、いざ終末期の状態を見て、医師が常駐して居ないなど医療提供体制に不安を感じ、施設でのケアを選択したことを後悔する家族がいる。そうした不安を抱える家族のことも前提にして終末期の状態変化を分かりやすく説明する。そのためには家族と「その方がその方らしく生きるために何ができるか」を考え、普段からの関わりを大切にする。看取り介護になってからの援助より日頃の援助を大切にして最後の瞬間、最後の生きる力を支援しながら看取りを行い、送り出す。
護」と
いうものを、