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2009.07.06 08:20 |  診療  |  医療制度 / 行政  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

麻疹雑感

最近は、麦を作る農家は少なく麦畑を見たくても探すのに苦労する。私の小さい頃は辺り一面が麦畑だった。寒風の中、霜柱を踏みしめながら麦の芽を踏んだ記憶がある。麦は踏まれて強くなると教えられ不思議な思いだった。菜の花と麦の穂は春の風物詩であり、麦が実り刈入れの麦秋の頃に決まって思い出すのがはしかに罹った時の事である。昔の田舎でガラス窓の備わった家は見かけない頃である。麻疹は外の風に触れると肺炎になると恐れられ杉板の雨戸を締め切って暗い部屋に寝かされた。布団にくるまり、目を真っ赤に腫らして激しい咳と高熱にうなされてじっと耐えた。障子には雨戸の破れ目から入リ込む光が戸外に積まれた麦わらの山を逆さに写していた。熱にうなされながらもその不思議な情景に時めいたのを覚えている。早く良くなって外で遊びたかった。昔は、誰もが一生に一度は罹るのが当たり前で、子供の頃に罹ると症状は軽くてすむが大きくなってからは酷くなると大変恐れられていた。近所にはしかの子供が出ても罹っても仕方ないと余り騒がなかった。麻疹の予防接種は昭和44年から弱毒生ワクチンの任意接種が始まった。接種率は30%程度ぐらいで昭和53年からは定期接種が始まり90%に上昇した。平成元年にMMRワクチンが使用されるようになったが副作用の無菌性髄膜炎が多発し麻しん単独とMMRワクチンのいずれかを選択する事とされたが平成5年についにMMRワクチン接種は中止された。混乱したこの期間をワクチン接種空白の4年間と呼ぶらしい。多くの親が副作用を恐れワクチン接種に対し不信感を抱いた。平成19年に高校生や大学生を中心にはしかが流行したが、丁度この時期に生まれた若者達に当たる。私には4人の子供が居る。長男、次男は夫々昭和49年と50年のうまれで、任意接種の時代に当たり接種は受けていない。三男は18~30ヶ月まで幼児の定期接種の始まった昭和53年2月に生まれて昭和54年2月、12ヵ月のときに丁度、長男がはしかに罹り次男に続き三男にもうっつた。長男の症状は重く、はしかと分った時点で次男、三男にはガンマーグロブリンを使って軽く済んだ。上の3人は罹患したことで終生免疫を獲得した。昭和60年生まれの末っ子は昭和62年2歳時に麻しん単独ワクチンの定期接種を受けた。平成19年、大学生の21歳時に成人麻しんの多発した時には心配したが幸い罹らなかった。WHOが一回接種だけでは免疫獲得が不充分であるとして2回接種を推奨して、やっと日本も平成18年に2回接種にしている。平成19年の若者の間での大流行を契機に平成20年から5年間限定で18年以前に定期接種一回しか受けていない年齢層に対し第3期、13歳、第4期、18歳の定期接種を行う事になったが60%前後の接種率である。定期予防接種の決められているウイルス疾患は今でも周期的に流行が見られる。予防接種の副作用の問題などで接種時期や方法の変更が繰り返され接種機会を逃し抗体の無い人が居る為に突発的に流行が起こる。日本は予防接種の副作用を恐れる余り、国際的に認識されているワクチン予防可能疾患に対する対策が遅れている気がする。麻しんは乳幼児にとって重症度が高く、肺炎などの合併症も引き起こす。未接種のままの成人発生も問題となっている。近年は25000人の届け出が有るものの推計では10万から20万人の患者が出ていると考えられる。公衆衛生の国民全体の健康を守る視点からもワクチンキーパーソンの若い母親に情報を伝えワクチン接種を進めるだけでは不充分で子供達が容易に接種出来るシステムの確立が望まれる。

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