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フーッと一息、居間のソファーに腰を下ろし全面ガラス戸越しに外に目を遣る。広い空の下、遠くになだらかな山の稜線が南に延びて消える。目の前に民家が広がり緑の木立が突き出ている。何もさえぎる物の無い自宅2階から望む大パノラマにホッとする。朝な夕なに、元気な時も元気の無いときも目の前の変化の無い風景に安堵感を覚える。開業以来16年の間にすっかりなじんだ何気ない習慣となった。ここに座り外を見やると自分を取り戻せる。今生きている事が実感できる。死ぬ時もここのソファーで眠るように旅立ちたいと思っている。
日記は何かきっかけがないと始めない。4年前、長女が四国の大学に入学したのを好機に一日一文と決め殆ど毎日書いて来た。投稿数は1000を超えた。彼女も3月無事卒業して最終目的の資格試験にも合格した。これまで実家近くで就職してくれると期待し楽しみにしていた。しかし帰郷し開口一番、そのまま四国に残りたいと言い出した。祝賀ムードの家の中にまずい空気が出て来た。私の言い分はなぜ陸路で6時間、飛行機は1日1便しかなく日帰りできないほどアクセスの悪い四国を選ぶなのかである。在学中は本人も親も行き来に苦労した。学生は大学から守られているからと安心して来た。またこれまで緊急な事も生じず良かったとやっと胸をなでおろして居た矢先である。社会に出ると1人きりに成る。身寄りも無いところで独りで生活する事がいかに大変な事かまるで分かっていない。私は説得に掛かった。その間に家族の有り方を考えさせられた。娘の希望も叶えさせてあげたいが既に還暦を過ぎた私達夫婦には荷が重過ぎる。妥協点を探った。結論は東京になりそうである。一段と遠くに行ってしまう事になる。東京へは飛行機も一日何便も有り日帰り可能であるし新幹線も全線開通すれば7時間でいける。そして東京に住んで15年近くになる兄2人が一緒のマンションに居るので安心である。この日記も出直しになりそうである。一つのエポックが始る。