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Doctors Blog

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2009.03.31 15:59 |  診療  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

夫婦愛

脳血管性認知症で要介護5に認定されている85歳男性の在宅医療をしている。この方は10年前、左脳梗塞を起こして左半身不全麻痺が残っている。また3年前には再梗塞を起こし、それを契機に物忘れが酷くなった。理解および判断力が悪くなり奥さんが付きっ切りで世話をしている。遠くに住む息子さんも時々帰ってきて手伝っている。2人で少し長く介護していた時期があった。その間は患者さんは声も出さず表情もさえなかった。ただただ生きているだけの感じを受けた。そのうち息子さんが都合で我が家に帰る事になり奥さん独りで介護する事になった。所がそれを切っ掛けに患者さんの様子がまるっきり変わった。見違えるように反応が良くなった。この事を奥さんにそれとなく聞いてみた。なんてことは無い。夫を自分の赤ちゃんのように頬ずりし抱きしめてあげる。そうすると安心して穏やかになり言葉も出る様になったという。そして自分の惨めさに死にたいとまで訴えたと話した。認知症の人は自分の記憶が失われる事に不安を覚えても訴えられないらしい。奥さんは息子に遠慮して夫への接触を控えていたのでコミュ二ケーションが取れなかったのである。

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日本の医療風土は医師と患者間の信頼関係のもとに医師が自律し主導するパターナリズムが医療倫理として信奉されてきた。それは人間関係の和、仁、信義を重んじる思いやりの精神に基づくものである。受身である患者は信頼する医師の技術を信じ、医師も患者の期待に答えようと努力する。しかし客観的にはこの関係は極めて不透明な上に不安定である。医療技術や医療知識の進歩は医療環境をがらりと変えた。人権意識の高まりと共に治療の選択肢が拡がり西欧の医療行為の契約と医師の義務を尊重する新しい医療倫理観が日本にも導入されてきた。すなわちアメリカ式インフォームドコンセントである。日本的パターナリズムの「俺について来い」的ムンテラでは患者は納得しなくなっている。医師は患者の人権を尊重し契約のもと医師としての義務を果しながら患者との良好な関係をいかに構築するかが重要に成っている。しかし日本では未だに契約よりも信頼に重きを置いた医療倫理もまかり通っており医療行為がスムーズに運ぶと問題は無いが一旦事が起こると義務と契約の部分の不備があらわになり医療訴訟に発展する。患者の自己決定権が前提の契約が主体のアメリカ式インフォームドコンセントに信頼関係を重んじる日本的医療倫理でもって医師は誠意を持って正しい報告を行いそれを理解した患者は医師を信頼し指示に従うと言う両方を折衷した遣り方がのぞましい。

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2009.03.28 16:47 |  旅行 / 宿  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

恐怖も心の状況次第

先日早朝、成田空港で中国からの貨物機が着陸に失敗し2回のバウンド後に反転炎上した。操縦士と副操縦士が亡くなった。空港は直ちに閉鎖され離発着便は欠航した。目の前で大事故がおきているのに予約機への搭乗が出来るのを待っている人たちは多く空港窓口は混乱していた。リスクは充分に分かっていても自分の乗る飛行機だけは安全だと思い込んでいる。また海外へのアクセスは今の時代は航空機しか頭に無い。だから仕方が無い。リスクの代償を払っても大事の前の小事と思い恐怖感が薄まってしまった。貨物機だったので犠牲者2人だった事も重大事故との認識が薄まった。私は実際の飛行機がまるでおもちゃの飛行機のように壊れるのを目の当たりにして2度と飛行機には乗るまいと思った。この春、大学を卒業した長女は記念の台湾旅行に行った。大の飛行機嫌いで国内移動では飛行機は決して使わない。しかし海外旅行は仕様が無い。行きたい気持ちがリスクを上回る。帰りの日は日本では台風並みの春二番が吹き荒れていた。大揺れに揺れたらしいが余り恐怖感は無かったらしい。日数にも余裕は無いのだし他に帰る手段も考えられない訳だから。恐怖心も状況で変わる。

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ドクターヘリの配備計画が進んでいる。公明党のプロジェクトチームは外海離島の救急医療体制にドクターヘリよりも飛行艇が適しているとして大学専門家の意見を聞いた。飛行艇はヘリよりも移動速度、行動半径の面で優れ医療機器、医療スタッフともに搭載能力も大きい。艇内での集中治療も出来る。洋上に離着水出来るので飛行場がない離島へのアクセスも簡単である。かって私は海上自衛隊のUS-2に乗り海難事故救援をした。その経験からヘリより飛行艇が優れて居ると考える。何よりも安全である。

海難救助。

  

30年位前の話になる。宮崎日南市の漁港の町、南郷の病院に出張した事がある。そこでは鹿児島の病院での勤務とは違いゆっくり出来た。ポケットベルや今のように携帯電話など無かった。勤務が終るといそいそと近くの海に出掛けて魚釣りなどを楽しんでいた。そんな日の昼下がり宿舎で寛いでいると、遥か南方の海で操業中の漁協所属の船が火災を起こし船員が大やけどで救助を求めているとの連絡が入った。ここの港の船はフイリッピン周辺のパラオ諸島付近でマグロを獲っている。病院は漁協の関連病院にもなっている関係もあり自衛隊の飛行機で外科医が救助に行って欲しいとの依頼であった。外科医は私と後輩の2人だけである。1人では大変そうだし、リスクの有る仕事を後輩に押し付ける訳にもいかないので2人で行く事に決めた。私達を鹿屋基地までは救急車が送ることになった。宮崎の救急車は途中県境で管轄外になるので鹿児島の救急車に乗り換えた。鹿屋基地に着くや休む間も無くP3C偵察機に乗り込んだ。そしてすっかり暮れた空を沖縄に向け飛び立った。夜更けて那覇空港に着いた時には午前零時を過ぎていた。2時間後には救援機が出るのでそれまで兵舎の隊員用ベッドで仮眠を取るよう言われ横にはなったがなかなか寝付かれない。うとうとしていると新しく交代した元気な航空隊員が迎えに来た。付いていくと暗闇の中に巨大な水陸両用艇がエンジンを鳴らしながら待機していた。驚いている私達を乗せ明るみかけた南の空へ向け離陸した。空が明るくなると窓の外をサポート役の軍用機が飛んでいるのに気付いた。相当時間飛んだなと感じる頃、火災を起こした漁船の近くに着いたのだろう飛行艇は速度を落とし降下を始め海上すれずれを低空で旋回し始めた。海はしけており高い波は10mを超えると隊員達が話すのが耳に入った。窓から大きな波のうねりが見え隠れする頃から私は船酔いが始まった。そのうち飛行艇が大きく上下しだした。着水を敢行したらしい。突然、突き上げられたかと思うと次の瞬間には急激に落下する。私達の体も座席から浮き上がって頭を天井にぶっつけた後は機体に遅れて座席シートに叩き付けられる。耳は気圧変化で鼓膜が破れたかと思うほどゴトゴトと音を立てた。後で大丈夫な事を確認しやっと安心した。苦しそうにもがく私を隊員がシートベルトでしっかり座席に縛り付けた。船酔いも極限に達し死んだ方がましだと思ったぐらいだ。そうこうしている内に負傷した船員が飛行艇に移され私たちの前に運ばれてきた。かといって私はすでに意識も朦朧となっていて治療どころでは無かった。後輩は船酔いには強いらしい。気丈に負傷者の手当てをしている。しかしそれも限界、彼もゆれる中での処置に船酔いし出したらしい。波にもまれるよりも上空の方が揺れず処置がしやすいからと早く飛び立つように怒鳴り出した。しかしなかなか飛び立たない。慣れている筈の隊員たち迄もが青い顔をしている。それを見て船酔いはますます募り私と後輩は嘔吐のために機内の塵箱の取り合いとなった。後で気付いたが活躍を写真に収めるつもりで持って来たカメラが塵箱の中で吐物まみれになっていた。かれこれ1時間ぐらい波に翻弄されてやっと飛び立った。後から聞いて驚いた。エンジンに水が入ってしまい故障して修理が大変だったらしい。はるか南洋で命を落とすところだったのだ。何とか那覇空港に戻り救急車で沖縄の県立病院で患者を引き継いだ。そこで我々の苦労も知らない担当医師が飛行機の中で何か治療をしたのかと質問した。少し腹立たしかったがぐっとこらえて今後の事をよろしくお願いした。患者は片腕と顔に火傷をしている程度であり元気であった。むしろ船酔いでぐったりの私の方が病人のようであった。沖縄から鹿屋への帰路、隊員が偵察機の天井を開けて呉れた。満天に輝く星を観測しながら飛ぶ方法などの説明を聞き快適な夜間飛行を楽しんだ。また鹿屋基地では赤絨毯の敷かれた司令官室で私の体が沈んで隠れるほどの高い背もたれの椅子に座り接待を受けた。今でも飛行艇の中での苦しかった経験をありありと思い出す。そして飛行機に乗っても少々の揺れには驚かない。

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医師は特別管理産業廃棄物管理責任者の資格がある。しかし大切な廃棄物処理法さえ知らない医師も多い。研修会などに出席していないからである。

廃棄物処理法

家庭等から排出される一般ごみ(一般廃棄物)は市町村に処理責任がある。

感染や環境汚染など健康障害を引き起こす恐れがある医療機関の診療行為で生じる医療廃棄物は「特別管理産業廃棄物」として排出した医療機関に処理責任がある。

これは市町村の一般廃棄物と一緒には処分できない。許可を受けた産業廃棄物処理事業者に委託する事になる。産業廃棄物に該当しない事業系一般ごみも自ら処理するか市町村の許可を受けた一般廃棄物処理業者(産業廃棄物収集運搬業、産業廃棄物処理業)に委託しなければならない。許可を受けていない事業者に委託するのは違法であり委託する時は書面で契約し、処理完了確認の伝票(マニフェスト)を発行し回収照合しなければならない。

受託処理業者が不法投棄など不適正処理を起こした時は排出者が責任を負わなければならない。その理由として不法投棄の場合に廃棄物の内容を確認すれば排出者は分かるが誰が捨てたのか判らなかったり、判っても処理業者に資力がなく撤去費用が出せなかったりするからである。その場合、都道府県は排出者の管理状況を調べ問題があれば撤去費用などの負担を求める。排出者の管理に問題がなくても「当然の排出者責任」として、排出者に負担を求めてくることもある。

廃棄物を委託処理する時に重要事項が7つある。

1.医療機関は廃棄物排出事業者としての責任がある。

2.委託する場合は委託基準を遵守しなければならない。

3.委託業者が許可を受けている事を必ずチェックし契約書、許可証を5年間保存

4.信頼できる優良な委託業者を選ぶ。

5.委託契約は収集運搬業者、処分業者の二者と書面で契約する。

6.契約締結は終わりではなく委託処理のスタートである。

7.医療機関は廃棄物を適正に処理し注射針と生活ごみ混入や不法投棄をしない。

 

在宅医療廃棄物 

在宅医療廃棄物の受け入れ先は市町村であり処理する責任がある。在宅医療廃棄物は感染する可能性は殆ど無いにも拘らず在宅医療廃棄物を必要以上に危険視する傾向にある。 医療改革で医療の仕組みが在宅医療に大きくシフトした。しかし地域の協力無しでは継続出来ない。感染予防策を知り正しく取り扱えば安全である。

 

在宅医療廃棄物の種類

Ⅰ.注射針以外の鋭利でないもの。  

市町村が燃えるごみとして処理   

栄養バッグ、チュウ―ブ、カテーテル、栄養注入器、点滴ボトル、ガーゼ、オムツ   血液汚染でも外に漏れない対策

Ⅱ.ペン型自己注射針など鋭利であるが安全な仕組みのもの   市町村が処理

Ⅲ.注射針、点滴針など鋭利なもの  

医師や看護師が持ち帰る    

(あくまで収集処理過程での針刺し事故を防ぐのが前提)

 

感染を遮断する スタンダードプリコーション

1. 感染可能性のものには直接触れない。

2. 手袋など防護具

3. 触れたら手洗い

 

市町村の在宅医療廃棄物への対応

 

前述したように法的に在宅医療廃棄物処理は市町村の責務である。

 

市町村によっては排出方法が定まっていない。

地域医師会と市町村との話し合いが必要。

 

安全な排出のためには地域の理解が大切。

 

鋭利なもの以外感染の危険がなければ燃える物で処理できる。 

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2009.03.23 05:48 |  仕事 / 職場  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

旅立ち

はなむけ

 働くとは人が決めたレールに乗ることではない。自らが切り開いていく事である。足元を深く耕し輝く原石を見つけて欲しい。将来を見据えた生き方を真剣に考えましょう。

夫々の役割を果しながら、その役割を超えて皆が共に生きる手立てを一緒に考えましょう。

活力はその収入に有ります。活力は皆さんがよりよい社会生活を送るための原資です。

夫々の部署が役割を果しながら役割を超えて如何にすれば社会貢献と同時に自分たちの社会生活の充実が図れるかを共に考えましょう。

旅立ち

http://www.youtube.com/watch?v=aLm1P4g-H7A

http://www.hi-ho.ne.jp/momose/mu_title/nagoriyuki.htm  音符[四分音符]                        汽車を待つ君の横で僕は時計を気にしてる~

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2009.03.22 18:33 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

最もホッと出来る場所

 

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フーッと一息、居間のソファーに腰を下ろし全面ガラス戸越しに外に目を遣る。広い空の下、遠くになだらかな山の稜線が南に延びて消える。目の前に民家が広がり緑の木立が突き出ている。何もさえぎる物の無い自宅2階から望む大パノラマにホッとする。朝な夕なに、元気な時も元気の無いときも目の前の変化の無い風景に安堵感を覚える。開業以来16年の間にすっかりなじんだ何気ない習慣となった。ここに座り外を見やると自分を取り戻せる。今生きている事が実感できる。死ぬ時もここのソファーで眠るように旅立ちたいと思っている。

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2009.03.22 15:13 |  診療  |  仕事 / 職場  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 1

掃除機を吸引器に

NHKの番組プロフェッショナル 仕事の流儀で在宅医療に力を入れている医師が登場した。小生も細々とでは有るが在宅療法を遣っている。為に成りそうなので楽しみにして視聴した。私と同じレベルで当たり前の事として感じたが、世間一般の人にとって否、NHKのプロデュサーにとっては新鮮な事だったのだろう。放送のあった次の日、外来に訪れた掛かり付けの患者さんが放送されたのは殆ど先生と似た様なものだと褒めてくれた。同じ思いで見ていてくれたらしい。在宅医療で出来る医療行為は限られる。救命器具は一揃い往診車に積んでいくがリスクのあることは避けなければならない。テレビでは点滴の吊り下げ用にクリーニング店が使う針金で出来たハンガーを折りたたんで往診カバンに潜ませているシーンがあった。良く使う手段である。私は痰の多い患者さんの吸引にどこの家庭にもある掃除機を使っている。2000円ほどの簡単な手動式吸引器のゴム球を切開しそこに先の細い掃除機の先を挿入するとシール状態になる。これで結構強い吸引力が出る。

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2009.03.22 04:28 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

エポックの始まり

日記は何かきっかけがないと始めない。4年前、長女が四国の大学に入学したのを好機に一日一文と決め殆ど毎日書いて来た。投稿数は1000を超えた。彼女も3月無事卒業して最終目的の資格試験にも合格した。これまで実家近くで就職してくれると期待し楽しみにしていた。しかし帰郷し開口一番、そのまま四国に残りたいと言い出した。祝賀ムードの家の中にまずい空気が出て来た。私の言い分はなぜ陸路で6時間、飛行機は1日1便しかなく日帰りできないほどアクセスの悪い四国を選ぶなのかである。在学中は本人も親も行き来に苦労した。学生は大学から守られているからと安心して来た。またこれまで緊急な事も生じず良かったとやっと胸をなでおろして居た矢先である。社会に出ると1人きりに成る。身寄りも無いところで独りで生活する事がいかに大変な事かまるで分かっていない。私は説得に掛かった。その間に家族の有り方を考えさせられた。娘の希望も叶えさせてあげたいが既に還暦を過ぎた私達夫婦には荷が重過ぎる。妥協点を探った。結論は東京になりそうである。一段と遠くに行ってしまう事になる。東京へは飛行機も一日何便も有り日帰り可能であるし新幹線も全線開通すれば7時間でいける。そして東京に住んで15年近くになる兄2人が一緒のマンションに居るので安心である。この日記も出直しになりそうである。一つのエポックが始る。

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グローバルなバブル経済の破綻は実態経済まで波及し、日本も不景気のどん底にある。市場メカニズムとしての生産調整のドミノ倒しは雇用調整に及び、その受け皿としての非定期雇用者の解雇が進行している。今、大幅解雇は当たり前としてまかり通ってその家族を含め生活が崩壊の極みにある。従業員のリストラはその人にとって最大の危機で不幸である。企業はそれを承知でこれでもかこれでもかと畳み掛けてくる。弱肉強食を地で行くアメリカ市場主義に右え倣いの酷い仕打ちに平然としている。長期雇用が当たり前であった日本的経営の互助・同族的な繋がりのかけらも無い。従業員の社会生活を無視し全く倫理的な社会的責任を果していない。市場メカニズムの行き過ぎは、人間社会の活力である生産消費システムを能率化、巨大化させて人間性の無い制御できない歯車にしてしまった。73年前にチャップリンが映画モダンタイムスのなかで描いたシーンがまさに今の世界にも当てはまる。今を予想していたのかもしれない。歴史は繰り返される。

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