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2008.11.21 12:48 |  研究  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

信じ切つて居るのに

信じ切っているのに何故いじめるの。連れ合いの言葉にハッとした。家で飼っている犬が子宮蓄膿症で危篤になり一晩中自分ながらに寝ずの番をし、次の日に動物病院で手術をして貰い助かってからは犬に自分の分身みたいなきずなを持てるようになっている。それまでの私と犬とは子供が飼ってほしいと言ったのでみたいな義理の関係のままで遣って来ていた。それでも犬は私になっいて、私の命令に素直に従って呉れていた。しかし私の虫の居所が悪かったり、犬が騒々しくまとわりつ居たときなど鬱陶しくてついつい意地悪していた。冒頭の言葉まさにそのときの一言である。ペットは飼い主を信じて生きている。それしかない。あれ以来、いじめそうに成るたびに自分に言い聞かせた。これほどあっさり素直になれたのにはそれなりの過去がある。動物愛護団体から怒られそうな話である。しかし既に四半世紀は過ぎている。時効として許して貰おう。私は大学医局の研究室で短期間ではあるが犬をつかって実験をしていた時期があった。しかしある日を最後に動物実験を辞めた。実験に使う犬は保健所で捕獲した捨て犬か事情で手放さなければ成らなくなった飼い主に預けられていた犬達である。それまでは誰かに飼われた犬である。どの犬も人懐こかった。私はある日の実験用に動物舎に行き目のくりくりした可愛いい小型犬を選んだ。犬はアウシュビッツでなにもしらされないままガス室に送られた人々のように私が首輪に綱をつけると実験室まで喜んで私についてきた。今もその目を思い出し可愛そうでついつい涙が出てしまう。これからの運命を知らずに、私をかっての飼い主と同じように信じきり安心しきった目であった。

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