地域のマンモグラフィー併用乳がん検診事業に参加して居るので、少しでも画像に強くなるために乳がんに関する研修会や講演会にはなるべく出席する様にしている。平成20年10月10日に鹿児島市のホテルで開催された第28回鹿児島乳がん研究会に出席した。はじめの一般演題では乳がん発生遺伝子の研究、非触知乳がんのステレオガイド下の生検の経験、超音波検査の有用性のレトロスペクティブリサーチ、MRI拡散b値強調像による乳がん鑑別診断などバラエティーに富む研究発表が行われ基礎から臨床までの最近のトピックスを短時間に吸収する事が出来た。続く特別講演が『インビボ光イメージングを用いた新たな乳がん研究戦略』。1ヶ月前に送られてきた研究会プログラムを見たとき正直、理解出来ないテーマだと思った。丁度講演会の前日、たまたまオワンクラゲから緑色蛍光蛋白質GFPを発見しノーベル化学賞を受賞した下村脩博士の光るクラゲのニュースを知ったばかりだったので会場の垂れ幕にある演題の中の光の字を見てはじめてGFRと関係のある研究だと気付いた。このタイミングのよさに驚くと共に講師がまた鹿児島大学出身で病理学教室やウイルス学教室に属した後にヨーロッパ留学、現在は癌研究所・生化学部の部長である今村健志先生だったのでわくわくしながら聞き入った。はたして今村先生は下村博士のノーベル賞の話から始めた。自然界には様々な光を発する生物がいるがホタルはルシフェリン(発光物質)とルシフェラーゼ(発光酵素)を持っている。この2つにATP、マグネシュウムと酸素が働くと発光する。生物の種類によりルシフェリンに違いがあり光の色も異なる。この発光を利用して細胞をマーキングするのが発光イメージング法である。一方下村博士の発見したのはオワンクラゲの持つ蛍光タンパク質GFPでGFRは蛋白質イクオリンがカルシウムと結合した時にでる光を受けて蛍光を発する。細胞にGFRを作る遺伝子を組み込み外から紫外線を当てて生きたままの細胞の動きを観察するのが蛍光イメージング法だと説明した。今村部長はラットに癌を作成して両方のイメージング法を使い生きたままで癌が転移、増殖するメカニズムの研究をしている。つまり癌細胞にホタルのルシフェラーゼを作る遺伝子を組み込むと同時にGFPを作る遺伝子を癌周囲新生血管細胞に組み込んで紫外線を当てて血管網を可視化させながら癌細胞が動く様子を観察している。その実際がDVDに映し出され、まるではるか上空のジェット旅客機から素晴らしい百万ドルの夜景を見るような気分にさせられた。ほのぼのとさせられた後の質疑応答では様々な空想的質問が飛び出しまるで化学ロマンを語る会になった。この技術は制癌剤の効果の確認にも使用されて新しい薬の開発の創薬に使われて居るという。可能性としては手術時に癌組織や転移ンパ節を光らせ、癌細胞の取り残しを防いだりアルツハイマー病で神経細胞が壊れていく様子も見れるらしい。ノーベル賞の賞金は1億4千万円まさに百万ドル、組織に広がる光は百万ドルの夜景そのもの。ノーベル物理学賞も日本人が獲得した。その対象になったのが1億4千年前の宇宙の誕生のビッグバンで生じる粒子の非対称理論で6つのクオークの中の3つの存在を予言した。そのことはつくばにある加速器で確認されており近くスイスの超大型加速器では小ビッグバンを再現し質量の起源の検証が行なわれるようである。
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私のクリニックはJR指宿枕崎線沿いにある。私の人生はこの鉄路と切り離しては考えられない。昔は蒸気機関車や貨物列車が走っていたが今はカラフルでスマートな高速のディーゼル車に代わった。しかし砂利の盛り土の枕木に犬釘で止められたレールは今も昔のままである。幼い日、ぺんぺん草の生えた線路の上に一斉に仲間と共に横になりレールに耳を当てて列車の遠ざかる音を聞いた事を思い出す。私は終戦の年に満州で生まれた。翌年、母に抱かれて引き揚げ船で京都の舞鶴、そして汽車で博多、鹿児島を経て郷里の小さな二月田駅に着いた。私の人生はこの駅から始まった。朝から晩まで通り過ぎる列車の轟音も意識しなければ気が付かない。朝は夢の中で目覚まし代わりに聴きいているほどに馴染んでいる。く。少し離れた町まで行くのも賑やかな鹿児島市内に出るのにも汽車を利用した。高校からは鹿児島に出たが最初の頃は汽車通学だった。今は一時間ぐらいで着くが昔のSL時代には遅いばかりか石炭の継ぎ足しと給水があり2時間以上は掛かった。また市内に近づくにつれ乗客が増えて谷山駅で客車2両を増結した。そんな事で高校の始業開始に遅れないように5時前に起き出しまだ暗い中を駅に走った。常に満員で立つことが多い上に通学に5時間以上を要しすっかり疲れてしまい授業中は殆ど居眠りする事が多かった。厄介な事には汽車がトンネルに突入するたびに煤煙が車内に充満し降りる頃には全身煤だらけになり臭いが染み付いて離れなかった。指宿枕崎線の真ん中あたりに今、NHK大河ドラマ「篤姫」で有名な今和泉駅がある。一駅下ると日本で最も海に近い駅として有名な宮ヶ浜駅がある。線路に沿って左に国道、海側は原っぱがあり畑が点在している。列車はその横を走る。周囲には家や電柱などの人工物は見当たらない。前方に錦江湾と大隈の山並みを一望出来る。ここで「篤姫」のロケが行なわれた。指宿はオグラとソラマメの産地でここの畑でも作られている。ロケの為に今年は植え付けをしないよう頼まれた。以前にも「翔ぶが如く」のロケにも使われた所である。昔の薩摩の映画撮影にはもってこいの場所らしい。宮ヶ浜駅から今和泉駅に行く途中は高くなっていて雨の日や冬の霜の降りた朝などは汽車の車輪が滑って登れなくなる事もしばしばあった。そんな時には列車は一旦後ろに下がり海岸の砂をレールの上に蒔きながら助走を付けてかけ上がっていた。この為に列車は延着し通学生は遅刻を覚悟した。先日NHKテレビの紀行物で九州JR指宿枕崎線の列車で篤姫ゆかりの里を巡る番組が放映された。薩摩今和泉の駅では、地元指宿商業高校の女生徒達と婦人会が合同制作した篤姫団子が紹介された。その後、宮ヶ浜駅も紹介された。この駅は昭和58年に無人になり、その最後の駅長さんが出て来て驚いた。私のかかりつけの患者さんだった。昔の国鉄マンで駅長の経験もあるとは聞いていたがここの駅長とは知らなかった。台風のときは高波が線路を越えSLの床を洗い汽車が来るまで打ち上げられた貝を獲った事など昔話をしたが私の記憶と重なり懐かしかった。
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