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2008.09.22 05:16 |  診療  |  生活 / くらし  |  旅行 / 宿  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

往診の途中

私は江戸時代後期に篤姫が幼少時に育った鹿児島の薩摩半島南端の指宿にある今和泉島津家お城址の周辺のかかりつけ患者さんの診療出かけている。その一人に戦前の満州で島津家に仕えた役人の末裔と知り合い結婚した福島出身のおばあちゃんが居る。一人暮らしであるが鹿児島市や指宿市内に住む子供達と周りの住民に見守られながら暮らしている。認知症があり通院は無理なのでかかりつけ医の私が健康管理を引き受けて定期的に訪問している。お家はかっての城門であった広場にあり、何軒か家が立て込み風通しが悪い。昼からは西日が照りつけ暑くて過ごしにくい。家の隣が保育園になっており、その先は昔お城を取り囲んで居た松原と櫻島の望める雄大な景色が広がる。往診は午後になる。訪れるたびに家は空っぽである。海岸に出ると決まって松原の中のベンチで海を見つめるおばあちゃんを見つけてホッとする。松原には絶えず海からの涼しい風が吹き抜けて暑さがしのげる。おばあちゃんは雨の日以外は殆ど1日をここで過ごしていると話す。最近の篤姫ブームで見学の旅行者が訪れ声を掛けてくれるので退屈しないらしい。何時も座っているベンチの近くには四角に囲った敷石が残っている。日本が戦争に破れおばあちゃんは満州から子供を連れて夫の生まれたこの今和泉に引き揚げてきた。夫は抑留され一緒ではなかった。住む家が残っているわけではなかった。引揚者の為に役場は松原に間に合わせに小屋をこしらえてくれた。夫が帰ってくるまでの間をそこで暮らした悲しくなっかしい場所なのである。そして暫くは海岸で貸しボートや浮き袋の受付係をして生計を立てた。往診で家に上がった時は必ず満州で買った民族衣装の子供の載った座布団を進めてくれる。満州からもって帰った唯一の物だという。永い年月経つのにまだ新しく見える。篤姫の遊んだ同じ海岸で一つの戦争秘話があった事を旅行者の誰も知らない。

 

 

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