2~3日前の激しい雷を伴った雨が嘘のように晴れた。雷鳴で梅雨が明ける言い伝えは本当である。真っ青な空がどこまでも拡がり、ちぎれ雲の純白が眩しい。山の頂の深緑がくっきりと見える。今年はいつもより1週間早く梅雨が明けた。一遍に夏に突入、野外は陽射しが刺すように痛い。気温は35度と今年一番の猛暑日。7月初めての日曜日は晴天に恵まれてドライブを楽しむ車も多そうだ。行楽シーズンの到来である。きらきら輝く海にはヨットが浮かび、潮の引いた磯辺に蛸突きをする多くの人の姿が見られた。




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幼少期の集団予防接種が原因でB型肝炎ウイルスに感染したとして国に損害賠償を求めている集団訴訟。感染が注射器の使い回しが原因かどうかが争点になる。旧厚生省は1950年注射針を1人ずつ取替えるように自治体には通達している。そして1958年に予防接種法実施規則で取替えを義務付けた。しかし徹底しなかった地域もあり、肝炎ウイルス等に感染したケースも相当数あると考えられる。 原告側としては遅くとも1948年時点で感染を予測できたにも拘らず予防接種用に使用する注射器の滅菌処理の予防対策を怠ったとして国の責任を追及している。

(再掲) 昔は痛かった。
昔は子どもがぐずると親は「医者どんに注射をしてもらうぞ」と脅したものだ。しかし今は注射針が細くて先端が鋭いので、あまり痛くない。脅しも昔ほどには効果がなくなった。私が小学生の頃の注射はものすごく痛かった。医院の窓際の台には決まって注射器や注射針を入れた煮沸器がガス台の上でぐらぐら湯気を立てていた。注射の必要な時は冷まして使う。針にしても注射筒にしても使う度に煮沸消毒して、何回も使った。今のようにディスポーザブルでは無かった。針は何回も使っているうちに先がちびて刺さり難くなる。それを鑢で砥いで使っていた。私が小学生の頃の、学校で受けた予防接種が痛かったのを今でも覚えている。生徒を並べて同じ注射器と針を使い次々に流れ作業で注射していく。最初の人は良いが何人目かになると針の先はちびて刺さり難くなる。刺さる時ザクザク音がするほどでそれだけ痛みも強かった。その頃、血液汚染を介した感染症で解明されていたはせいぜい梅毒ぐらいであり、今のようにウイルス肝炎やエイズの危険も言われていなかった。今から考えるとなんと無謀な事をしていたことか。危険は血糖測定用のディスポーザブル微量採血器具の場合の比では無い。この場合は採血器は一人一人針を替え、カバーは穿刺後いちいちは消毒している。穿刺は鋭く瞬間で直ぐには血液は出てこない。周りを圧迫してやっと浸み出すぐらいなのである。国は充分考えて肝炎対策に取組まなければならない。不公平は許されない。
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