私達は移動手段に車を利用している。時々その利便を享受しながら複雑な気持ちになる。まるで人間の数よりも多い車の洪水の中で相当なスピードを出しぶつかりそうになりながら行き会っている。固い金属の塊の中の潰れそうな軟らかい体。ゲームの中のカーレースの世界にも似ている。ゲームなら失敗してもコインを継ぎ足せばリセット出来る。現実は厳しい。一つ間違えば激突が待っている。怪我どころか死さえ覚悟しなければならない。車に乗っていてそれをイメージした途端に耳がツーンとそば立ち頭痛が起こる。途端にアクセルを緩める。車の無かった時代の人々がこの状況を見たらびっくり仰天、腰を抜かすだろう。今後時代が進み人間の行動や思想がよりソフトな自然との共生を大切にする様になったら、土の中に埋まった鉄の塊を見て、野蛮な人間の生きていた時代があった事を悲しむに違いない。今の感覚では最新の車の外観は立派で滅多に故障せずに人間の作った機械の中では最高の傑作であると思う。しかし1台の車が出来上がるまでに気の遠くなる程の多くの人間の手が加わっている。その人間の群れの中に先日、秋葉原で事件を起こした非正規労働者の自動車工も混じって居た。自由で民主的で効率的に見えるが、実は欺瞞に満ちた奴隷制で支えられて出来上がったのにそんなことはおくびにも見せない。完全無欠で立派な車が世の中のどろどろしたあらゆるものを飲み込み昇華させて出来上がった現代のオブジェに見える。寛容の無いプチライトがはびこり、個人が疎外される搾取社会その物である。
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