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2008.06.09 08:05 |  診療  |  研究  |  生活 / くらし  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

効果抜群 グループホーム

グループホーム協会の認知症ケア実践報告会が6月7日土曜日に南日本新聞社・南ホールで開かれた。300ある座席がすべて埋まった。3つのセクションに別れ、9つの演題発表があった。セクション毎の各講演の後に座長、コメンテーターとフロアー間で討論が行なわれた。認知症サポート医の資格を持つ私は2番目のセクションで2つの演題のコメンテイターとして壇上に登った。担当した最初の演題がグループホーム入所中の利用者が急性脳梗塞を生じ病院に入院治療を受けなければならなくなった。幸に受け入れてくれる病院があり、急性期治療後にはすぐに退院し前のグループホームに再入所して病院との連携のもと個人本位の介護とリハビリを受けスムーズに回復した。もしこの人が病院から回復期リハビリ病院に移されていたら果たして普通の生活を取り戻したかは疑問である。タイムテーブルに従い忙しそうに走り回るスタッフの中では一ときも持たなかったであろう。いいたくても言葉の出せない認知症の人にとって、そこがどこで何をされるのかも分らず不安になり大声をあげるか暴れるしかなかったはずだ。病院スタッフとのコミュニケーションは壊れてしまい病院の迷惑者になってしまう。その結果は鎮静剤で眠らされ、廃用状態から寝たっきりになるのが落ちである。リハビリの目的は生活習慣動作が自然に出来るようになる事である。病院のベッド上で、筋肉を鍛える事に終始し歩けない筋肉マンを作ることほど無駄な事はない。その人にあったゆったりとした生活環境こそがもっとも優れた治療手段なのである。このような事例はこれからますます増えてくる。この人の場合は病院との連携が旨く行ったから良くなった。急性期の病気で入院が必要にも拘らず認知症だからと言う理由で拒否される事も多い。次の演題も以前に演者の所とは違う別のグループホームを利用したことのある方の事例であった。退所して在宅生活中に転び大腿骨々折を起こした。病院に入院して手術後のリハビリを受けていたが認知症の行動・心理症状が酷くなり手に負えなくなった。病院から演者のグループホームで引き取って呉れないかの依頼で引き受けた。入所当初は暴言、暴行が激しく職員も近づけない程であった。そこでパーソンセンタードケアとナラティブケアを取り入れてスタッフ皆で利用者と向きあった。時間は掛かったが次第に受け入れられるようになった。骨折する以前生活自立度A、認知度Ⅲが入院手術後にはC,Mに落ちてしまったが、グループホームに移りスタッフのケアを受けてすっかりもとの状態に戻った。周辺症状の暴言、暴行の行動・心理症状も無くなった。DVDで入所直後と最近の状態の映写があった。最初は大声を上げテーブルを叩き大変であったが今はすっかり穏やかになっていた。私はまとめとして記憶障害、判断障害、失行などの中核症状からの戸惑いで誘発される周辺症状の行動・心理症状(BPSD)が介護を困難にする。認知症があるだけでも大変なのに入院自体が高齢者にとってはいま自分は何処に居て前の人が誰かも分らない、異世界に放り込まれて仕舞ったのだ。傷ついた心や体を癒す為には自分の居場所がわかる所で自分を理解する人に取り囲まれてくつろげる場所と生活が一番である。その意味で、今の発表は、生活の場としてのグループホームでスタッフが一人の人間として向き合って呉れた事が自分らしさを取り戻した。環境とケアが一体化して有効に働きました。人に残されたセルフケア能力をフルに引き出す為には環境が重要な役割をします。利用者と介護者の自由自在なかかわりも良い刺激を与えます。ケアは協働で進化します。それにより介護者も恩恵を受けたと思います。この事例も環境それ自体がケアとなる良い実例だと考えます。改善の課程を科学的な評価手段を使って裏づけました。素晴らしい事だと思います。規則や日課に縛られ画一的なケアに陥りがちな老人保健施設や特老のケアを個人本位の生活援助の出来るグループホームに近づけようとしてユニットケアの移行が進んでいます。グループホームは小規模ながら機能面から大きな器であり可能性が広がりました。また病むプロセスの中で心理的退行や依存が出てくる。出来ることをできない事として取られやすい。新しい環境の中で再生させる為には、濃厚なお世話ではなく、どうしたら不必要な世話をする事無く過ごせるか。利用者のスムーズな行動が出来る環境を作り出すかであるとコメントした。

私とは別のセクションのディスカッションの模様。

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2008.06.09 06:35 |  医療制度 / 行政  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

やりきれない

息子2人は東京に住んでいる。秋葉原に行く機会も多いらしい。昨日は携帯で連絡が付くまで心配で気が気ではなかった。後で連絡が付いた時にはホッと胸をなでおろした。今朝早くインターネットに接続し日経新聞のニュースを開いた。昨日秋葉原で白昼におきた悪夢のような事件、そんなことがあったと言う事実だけの、それだけにどうしようも無い、やりきれない、腹立たしい、誰を責めようもない、亡くなった人のことを思うと何かに祈りたくなる通り魔事件。この事件に関する記事が載っていない事に救われた。一瞬、あれは無かった事で私だけが見た夢なのではと思った。昨日の事は夢であって欲しいと願った。恐る恐る他のページを開き確かめた。矢張り事実だった。悲惨な事件の記事が現れた。どうしようもないやりきれなさが再び起こった。一体この国はどうなっているのだろう。今、国民は最も安全と思っている所でも誰もが一触即発の命の危機に晒されている現実を目の当たりにした。すべての人が驚愕し、深い不安などん底の精神状態にある。なのに事件に関して政治家の誰一人としてマスメディアを介して意見とこれからの対応の声明をしなかったことに憤りを覚える。国民の一人一人の命を守り不安を取り除くのが政治家の使命ではないのか。後期高齢者医療制度の名称を政争の具にしている今の政治の乱れ、現場認識の無い政治家のなんと多い事であろう。政治と関係の無い出来事と捉えていたらとんでもない事だ。

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