砂上の楼閣とはまさに今、私達が絶対的なものとして生きている空間そのものなのである。ヴァーチャルリアリティーに満ちた世界で飽食暖衣をむさぼっている。しかし私達は日本での伊勢湾台風しかり、ミヤンマーでおきたサイクロン災害をあげるまでもなく、ひとたび厄災が襲えば忽ちにして修羅場と化す儚い空間に生きているのである。9・11貿易センタービル同時多発テロ後の現場にしろ我々の身近にみる火災跡地の雑草の生えた空き地の頼りなさはどうであろう。かつてそこに賑やかな世界があった事を思わせる片鱗さえ残っていない。ずいぶん前の事になる。鹿児島から宮崎に行く高速バスの中から外に広がる延々と続く草原や山林を見ながら思った。もし人類が滅んでもこの野山はこのままの姿で人類が居た事すら知らぬが如く永遠に残り続けるのだ。少子化で人口減少時代に突入すると騒いでいるが、地球にとっては如何でも良いことなのだ。それよりも人間の方で現状にあった世界を構築すればよい。人類の進歩発展膨張志向など取るに足らないことである。
青いバラの有る花束
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