物心がつくと言うか人は何歳位からの経験を覚えているのだろうか。これについては人それぞれに違う。すでに母親のお腹で聞いた事を憶えていると言う人も居る。私の場合は雨の降る夜の暗闇で壁だけの残るコンクリートの建物に多くの人がひしめく中に寝かされて何回もオムツ代わりの紙を取り代えられている姿である。小さい頃から母親に何度も聞かされたのは、満州から汽車と汽船を乗り継ぎ舞鶴に帰還、鉄路で鹿児島に着いた時、一夜を過ごしたのが鹿児島の空襲で焼け残った天文館の高島屋デパート玄関の土間である。指宿で育った私は母親に連れられて鹿児島の高島屋によく行った。そこに行くたびにあの暗い夜の情景を思い出していた。それにしてもあの時、私は1歳半に満たなかった訳なので確かな事かどうかの自信は無い。満州引き揚げのときは食べる物もなくお乳も殆ど出ない状態だった。あんな状況にも拘らずよくぞお前は生きてきたといっも言って来た母親の話に大きく影響されているのかもしれない。本当だとしたら極限の状態での命の叫びだったに違いない。
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