昨夏、友人が玄関先に植えてくれた小さな草花が花を付けた。濃い紫の小さな花が段々に重なって咲いている。玄関先なので踏まないように気をつけて行き来して花の咲くのを楽しみにしていた。地味な葉や茎からは想像出来ない可憐さに眩暈を覚えた。最初、友人に名前を教えてもらった気はするが全く思い出せない。図鑑で調べたら、しそ科の植物で西洋十二単衣と出ている。若葉に血圧を下げる働きがあるらしい。
固定リンク
職員に私の若い時の話をしながら、忙しかった外科修練の日々を久しぶりに思い出した。2年間の研修に麻酔修練を終えて大学病院の心臓外科医局に入局した。今思うとあの頃は心臓カテーテル検査、開心手術の技術、術後管理は確立しておらず手探りの状態に近かった。特に術後管理が大変で主治医になると患者さんの横で何日も泊り込む日が続いた。主治医がくたばる時は患者さんの死ぬ時とまで云われた程である。チーム医療の考えもなく主治医まかせの悪い体制でもあった。そのような厳しい仕事をしていても無給に等しかった。大学職員には定員があり、各医局に教授1、助教授1、講師3、助手6など正規の職員は10人程度で、残りは医員としてお情け程度の手当てが支払われていた。その医員にも定数があった。内科、外科など大きな医局での全医局員数はこれをはるかに上回っていたので定員分の手当てをプールして均等分けにしていた。殆どの医員が病院に泊り込む日も多く、食事以外はお金を使うわけでもないのに、それだけでは生活できなかった。そこで少しの時間を見つけて市中の病院に手術時の麻酔や夜の当直などバイトに行った。麻酔は昼間の短時間で終わるので苦にならなかった。夜の当直、特に外科の救急病院の場合は殆ど徹夜であった。一人済ませ仮眠を取る暇もなく次の患者が運び込まれてきた。明け方になると疲れ果てエアコンのモーターの音が救急車のサイレンに聞こえる程で緊張して仮眠も取れない状態になった。次の日は大学病院での普通勤務が始まるのである。外科医局ではあさ1時間ぐらい症例検討や抄読会がある。それに参加しながら居眠してしばしの休憩を取り、手術の助手に就くのが常であった。
固定リンク