最近介護現場を視察した時の舛添厚労大臣の言葉である。「今後はキュアよりケアで生きていきます。」すでに30年前に私は外科医局を退局する時に宣言した。外科を目指す医局の若い人には世をすねた言葉に感じられた事であろう。根治できる早期癌は兎も角、私の関わった癌の殆どの患者さんは惨めな最後を辿った。そして動脈硬化の末期の心筋梗塞、、動脈閉塞、動脈瘤などの手術に立ち会って空しさを感じ、行き詰まり外科を捨てた。ぼろぼろの血管をつなぐ空しさ以上に自己の技術のなさを憂え、癌の告知での患者さんのフォローする自信もなかった。治せる病気は技術のある医者に任せればよい。人は誰でもいつかは死ぬ運命である。予防と共に治せない多くの病気に寄り添うことを決めた時の言葉である。
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行く河のながれは絶えずして、しかももとの水にあらず、おおかた、世を逃れ、身を捨てしより、恨みもなく、恐れもなし、命は天運に任せて、惜しまず、厭わず。身は浮雲になずらえて、頼まず、まだしとせず。一期の楽しみは、うたたねの枕の上に極まり、生涯の望みは折々の美景に残れリ。ー今から804年前に人事異動の不満から、いきなり行方をくらまし隠遁生活に入った鴨長明。4年後には自然の中の一人暮らしの中で、自分と向き合い鬱屈とした気持ちから解放されて内面を充実させて豊かな孤独に至り上の名文を書いた。国立社会保障・人口問題研究所がまとめた日本の世帯数の将来推計では総世帯数に占める一人暮らし世帯の比率は2005年の29%から2030年には37%に膨らむ。独居世帯が主流になる時代の到来。前出の文章の後半のくだりが最近脚光を浴びている。孤独時代のバイブルとなりそうである。
ー日本経済新聞の記事よりー
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私の存在は何だろう。確たる証明する何も無い。地上のホンの少しの空間を囲い込み浮遊する。その中に覚醒した魂が宿る。人は死ぬと魂の抜けた骸となる。それを誰も命とは思わずこの地球上から片付ける。地上のホンの少しの空間を支配していた魂は何処に行くのだろう。風船の中の空気のように大気に飛散してしまい何も残らない。うつろそのものである。
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昨夜は外科の病院群輪番制の当番であった。私の住む町は観光地で祝休日の前の夜の当番日には旅行者の患者が多い。殆どは一見の客同然で帰りには患者の地元の医療機関に紹介状を書く。保険証を持参しない人も多く医療費は現金で戴くき帰り着いてから手続きをして貰うのでしばし交流が生まれる。昨夕は遠くから親に無断で遊びに来ていた高校生、心配して探しにきた親父に見つかり頭をなぐられた。その弾みで傷が出来大出血しびっくりして親父がつれてきた。クリップ1個で直ぐ止血できた。頭の傷は小さくても出血は激しく興奮するとますます出易くなる。続いてホテルのとまり客が風呂場の段差で転び左手を突きホテルマンに連れられて来た。レントゲンを撮ると手首の骨折である。シーネで固定した。今日が旅行初日で家に帰るのは3日後とのこと、このまま旅行を続けても良いかと心配している。仲間に湿布を取り替えてもらえば大丈夫、御酒は少し控えたほうが良いとアドバイスした。明け方になりホテルに宿泊中のお年寄りが鼻出血が止まらないと救急車で搬送された。ボスミン入り生食に浸したガーゼタンポンをしたが止まらない。耳鼻科専門医でないと危ない。紹介しょうと市内の近くの2軒の耳鼻科医院に電話をしたが応答が無い。当番医は内科と外科が担当する。当番をしていると結構、中耳炎、目や咽頭、食道、気管内異物も多い。心配だが一応は引き受けざるを得ない。どうしても対応できない場合、専門医に紹介する事になるが夜間に目当ての医療機関の電話番号にダイヤルしても出ない。酷い場合はファックスに繋がってしまう。今朝は幸い少し遠いが市内にある一軒の耳鼻科のあるクリニックに連絡がついて引き受けてくれた。看護師に添乗してもらい救急車で搬送した。途中救急車の中で血圧が70台に下がって点滴を刺しなおし紹介先に何とかたどり着けた。今回は何とか助かったが、どんなに小さな医療機関であっても昼間と同様、公表している電話番号で対応できるようにするだけの責任感、使命感が欲しい。このような事は私の住んでいる地域だけなのだろうか。
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