
庭に咲いた春の似合うピンクのスイトピー。
私が医者に成り立ての頃に比べれば今の医師の生活は各段と便利になっている。携帯電話のお陰である。設置電話だけの時代には患者さんと繋がるための連絡方法を気にして患者さんの元に直ちに駆けつけられる範囲に居なければ勤まらなかった。登山、海のレジャーなどとんでもない事であった。そのうちポケットベルが普及し看護婦さんからの呼び出しには、すぐ応えられるようになった。そのころ冗談でポケットベルで呼び出される事をあぶり出しに会うと言っていた。同僚同志で飲みに行った時など昼間の激務で居眠りする者も出る。なかなか揺り起こしても目覚めないのにポケットベルが鳴った途端バネ仕掛けの人形みたいに反応したものだ。ゴルフ中にポケットベルが鳴るとプレイを中断してクラブハウスまで戻らなければならない事も度々。しかしこのポケベルのお陰で医師の私生活も広がったのは確かである。私の場合などその影響が残り、今でも携帯電話のことをポケベルと言ってしまい妻から笑われている。携帯電話の出始めた頃の端末は戦争映画さながらの通信器ぐらいの大きさで高価なため大きな会社の社長ぐらいしか持たなかった。昔、先輩がゴルフ場にそれを持ち込んで通信兵さながらにクリニックの看護婦さんと連絡を取り合っていたのをなつかしく思い出す。持ち運ぶのが大変そうだった。そのうち携帯電話は小型化され急速に普及し今は子供達までが持てるようになっている。何処にいても患者さんの事が把握できて指示を出せる。緊急事態にも対処できるので医師の生活は各段に拡がっている。
指宿市街を睥睨する鷹。向こうに南薩の山並みの重なりが霞む。
潮が引くと手前の陸と向かいの島は砂洲で繋がる。篤姫のロケ地でもある。