青い空の下に菜の花に浅緑色の若草が生え揃ったなだらかな野原を低い山並みに向かって真っ直ぐな道が延びる。この道を目当の家まで車で走る。開けた車窓から高原の春風が頬をなぜる。かなり走っても人家が有りそうも無い。不安に駆られながら走っていると丘の土盛りで隠れていたのかその途切れたところで満開の大きな桜の木が現れた。目的の村への入り口である。人家が有るとは思いも寄らない山里に数軒のきれいな日本家屋が寄りあって立ってる。絵でも見ているような風景である。民家の庭には花が咲き乱れ、桜の木の下では春休みの子供達が声を上げてチャンバラ遊びに興じている。春にお似合いの桃のつぼみにときめきを覚える。まさしく桃源郷だ。近くの茂みからは鳥のさえずりが聞こえる。のどかさに歌が口に出た。患者さんの家は村の外れにあった。きれいに刈り込まれた生垣の門を入ると、両脇に大理石彫刻を模した天使の置物が私達を迎える。認知症がありデイケアやショートステイを利用している方である。最近少し腰が痛く車移動で酷くなるので在宅診療を組み入れた。今日が初めての往診の日である。患者さんは奥の居間のテレビの前にきちんと椅子にかけて熱心に地元の高校が出場している甲子園での野球中継を観ている所であった。いつものクリニックで見るおどおどした感じは消え、ここがこれまで夫と一緒に生きてきた大切な居場所だと訴えるように穏やかな微笑を浮かべて挨拶を返した。娘さんは母の介護のために神戸に家族を置いて実家に帰省している。それにしても患者さんがクリニックで過ごすときの表情と在宅で過ごしている今とではまるで違うのに驚いた。在宅の良さをあらためて知らされた。生き生きとしていて言葉にも張りがあり体もスムーズに動く。訪問で患者さんの本当の姿と生活ぶりが見れた。
http://classic-midi.com/midi_player/uta/uta_harunohino.htm