ホンの前まで海が荒れると波が軌道敷土盛を越えて汽車の車軸を洗った。日本で一番海に近い駅はどこの駅でしょうとクイズになった事もある。NHK大河ドラマ「篤姫」で人気の高い指宿今和泉駅の南隣駅の宮ヶ浜。今は無人駅となった。篤姫ブームを見越して鹿児島県が8億円の予算を使い、この宮ヶ浜駅を含め篤姫にゆかりの場所を整備し波打ち際と駅の間に湾岸道路が建設された。階段状の防波堤も作られ海浜公園になっていて錦江湾を一望出来る。かっては台風の荒波に赤貝が駅舎内まで打ち上げられ、袋一杯に獲れた経験がある。今は波が駅まで押し寄せる事もなくなった。篤姫が幼少時に遊んだ隼人松原から海岸沿いに広い舗装道路が指宿市街地まで延びている。ドラマでロケ地となった知林ヶ島に続く海岸を経て、砂風呂の砂楽、白水館、岩崎ホテルなどのあるホテル街まで簡単に行ける。駅の近くには薩摩の名物の芋飴工場と、焼酎の醸造所が並んでいる。焼酎天障院篤姫を醸造した会社のコマーシャル用ビデオ撮影現場に行き有った。その後、浜辺を散策した。夕凪の中で鷺が小魚を漁っていた。
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在宅診療をしていると患者さんの家庭でのさまざまな姿を見る。家族に囲まれて大事にされて幸せに過ごしている人、片や独居で締め切った部屋でゴミの山に埋もれて過ごしている人、自分なら一時も居れない寒い吹きさらしの部屋で平気で生きている人。そこには私が当然こうあらねばならないと言う考えや思い入れが通じない程の様々な人間ドラマがある。ところで生きる、老いる、病む、死ぬ事など人間の自然の営みへの関わりが家族の機能である。日本のかっての家族制度が崩れて、核家族化が進んだ。核家族化は自分達では家族機能を果せなくしてしまった。特に老いを家族の内部に受け入れる場所をなくしてしまい、老いを支えられなくなっている。老人達は行き場を失った。家庭外への疎外は棄老に繋がる。現代版姥捨て山である。一見豊かに見える日常にあって、何気なく通り過ぎる家々の内側には多くの人が打ち捨てられて住んでいる。それを防ぐために作られたのが介護保険制度の創設で有ったし、今回の高齢者医療制度のはずである。その理念は間違いはない。しかしその手法に拙劣さが目立っている。
2008.4.26 読売新聞 時の余白 芥川喜好さんの記事に動かされて
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高貴な人の意味を示すフランス語である。高潔と言い換えてもいい。まさかと世界が驚いたアルゼンチンとイギリスの間で起こったホークランド紛争。このとき日本社会では考えられなかった王室の王子の入隊。庶民の尊敬を一身に集めているのはいざと言う時には身を賭して困難に立ち向かう気概を備えて居るからである。それがノブレス・オブリジェなのである。医師も同じように庶民から尊敬される地位を得ている。医師はいかなる状況においても命に立ち向かう使命感を持っていると信頼されているからである。しかし医療崩壊とともに医師のノブレス・オブリジェまでもが流されて行く。
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百歳前後の方に何人も付き合っていて感じる事だが、それまでわがままで、いじわるな性格の人でも、すっかり人が変わったように穏やかになる。例外なく変わる。なにかにつけ有難うの気持ちを表す。不思議でならない。神の準備した恩恵と思っている。
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ATM,ファーストフード店、自動レジのスーパー、くるくる寿司、セルフのガソリンスタンドなど店側の作ったマニュアルで店員を動かすのは許される。しかしお客さんまでを動かすようになっている。効率優先で時間を浪費するのが惜しいといわんばかりの世の中になった。生きるとは何なのかを忘れ去っている。日々の平凡な生活が人生そのものではないのだろうか。自分の好きなものを店員に相談し吟味して買う。大切な食事をゆっくり選び楽しみたい。その事自体がかけがえの無い人生そのものなのだ。何で店側の思惑に左右されて動かなければならないのだろう。客に合わすのが商売の基本であるのに。
クリスマス・ローズ フラワーパーク指宿
池のほとりに咲いた菖蒲 フラワーパーク 指宿
ゼラニューム フラワーパーク指宿
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後期高齢者は病気がちで40歳代の4倍の医療費がかかると言われている。はたしてそうであろうか。75歳まで生きられた健康な人たちなのである。癌は仕方が無いが健康に気をつけて生活して来たから75歳まで生きられたのである。病気がちになるのは自分で生活をコントロールできなくなった為ではないか。そのことを考えて後期高齢者医療制度をつくりさらに制度の持続可能性を視点に社会保険の体系と財源の負担割合の調整が行なわれた。医療と介護を融合させ医療よりも介護に重心を移して連携を取れるようにしている。生活重視なのである。年をとれば人の手助け無しでは生活していけなくなる。人口構造、核家族化による家族構成の変化に対応した高齢者の生活援助が優先する。そこでの医療は従的で良い。
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ラジオで久しぶりに、今は亡き往年の名優、春風亭柳橋さんの落語を聞いた。話のネタは柳橋さんが町の医院や歯科医院で経験したこぼれ話。胃カメラので出したころは極小のフイルムを管の先に装填していた。その頃の話が出て来た。思い当たる事ばかりで興味深くまた懐かしく聞いた。医者と患者のやり取りがお互いの心理を突いていて可笑しく腹を抱えて笑った。あの頃の患者さんは皆まじめで純情で医者を信頼していた。あらためてそう思った。歯医者通い場面では私が経験した事と全く同じ場面も出て来るし、丁度、今、前歯を悪くして歯医者通いをしているだけに身につまされる思いがした。柳橋さんは知的で独特の味のある噺家で話しぶりはおっとりしてたよりなさそうであったが誰でもが感じる心理をサラッと言ってのける。そこが魅力的であった。歌も旨くて音程を外さなかった。ポップス、ジャズなんでも御座れであった。若いときはトロンボーンを抱えて高座に出たと言うから頷ける。医学の側からは分らない庶民の受けてきた医療の歴史が落語の話に残っている。大切にしたい。
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鹿児島本港北埠頭に航海訓練所の「海の貴婦人」の呼称を持つ大型練習帆船、海王丸Ⅱが21日までの予定で停泊している。晴れに恵まれた日曜日の20日の午後、見学に出かけた。ブログに載せる写真を取りたかったので光の具合を考えて夕方を選んだ。この日開聞山麓オールド・カー・フェスタも開かれていたとは思いもよらなかった。フェスタが終わり鹿児島方面に帰る車で渋滞し少し遅くなった。鹿児島本港北埠頭は櫻島フェリー、種子島・屋久島を結ぶ水中翼船や奄美航路の発着所になっている。その手前には広い芝生の公園が作られており、手前には積み木を並べた様な瀟洒な2階建が並ぶドルフィンポートがあり食堂街となっている。中に今ブームの篤姫館も常設されている。周りには水族館、NHK鹿児島放送局が立ち並び市民の憩いの場になっている。公園内には子供連れの家族や犬の散歩、散策を楽しむ人で結構賑わっていた。雄大な桜島をバックに濃紺の海に優雅な海王丸が帆を降ろしマストだけの姿で岸壁に横付けされていた。総トン数2556トン、全長110m、全幅13.8m、マスト高50mの大きさ傍によるとその大きさに目が眩んだ。舳先には横笛を手にした金色の女神像がしつらえてあつた。海王丸は昭和2年3月鹿児島商船水産学校の練習船「霧島丸」が千葉県銚子沖にて暴風雨のため沈没、乗組員および生徒の合計53名が全員死亡する惨事が起こった。これを契機として昭和3年に2隻の大型練習帆船2隻が建造された。当時の国家予算からは破格の値段であった。海王丸Ⅰは川崎造船所で造られ戦時中は帆装設備が撤去され石炭輸送船として活躍した。戦後の昭和30年に帆装設備を元に戻し遠洋航海などを行なっていたが老朽化が進み昭和60年に退役し海王丸Ⅱに引き継がれ現在は航海訓練やいろいろなイベント行事などに出航している。平成16年10月20日、台風23号により伏木富山港富山地区防波堤に座礁、30人が重軽傷を負った。翌日まで救助が出来なかった。150数名 ゴムボートと滑車2本により救助、乗組員は波濤に耐えていた。同年11月24日、35日間座礁したままの海王丸Iはクレーン船2隻でつり上げられて離礁した。 船底だけで130箇所も損傷がありIHI横浜工場へ曳航されて約4割の鋼材が取り替えられるなどされ、平成18年1月5日修理を終わった。
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