実験を始めるに当たり必要な微弱蛍光のトレーサーと臓器血流測定器が長岡京の立石電機(オムロン)の研究室にあると知り、実験計画を工場研究室長にお話したところ興味を示され一緒に実験させてもらえる事になった。水戸黄門御一行さながらに教授以下3人で実験道具一式を分け合って鹿児島鴨池空港からYS11機に乗り込み大阪伊丹空港に運んだ。宿泊には会社の独身寮を借りて3人で雑魚寝した。3日間で予定の実験を済ませた。平行して臓器のホモジネートと血液検査など生化学的な検査も行なったのでその分析もあり、およそ1カ月おきに出かけ全実験が終わるのに1年ぐらい掛った。1回ごとの実験が終わる度に近くの居酒屋で祝杯を上げてお互いを労った。全実験をすっかり終える頃にはすっかりお店の方と懇ろになり春先には名物の早掘り竹の子も味わった。教授自身素晴らしい実験結果が得られたと喜んでいた通り外国の権威ある専門誌に掲載された。医療を離れ実験に明け暮れたあの頃が懐かしい。
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