県の出した地域ケア計画構想は現状の医療・介護・福祉が財政およびシステム的に行き詰まるのでこれを打開しなければならない故に立ち上がったものと理解します。現場で働く行政・医療・介護。福祉関係者はそれぞれに、このことは理解しています。利害を含めそれぞれの立場からの意見は他の人から見れば身勝手で意外に映るかもしれません。しかしそれを超えて良い方向に持っていくためにはいろいろの立場から言わなければなりません。この構想は国の方針である在宅での高齢者医療介護の在宅移行であり、つまりは人生の最後を家庭で看取る事が基本にあるわけです。その意味を県民に美辞麗句では、なくはっきりとした言葉で示す事が大切と考えます。まず医療費として無駄な社会的入院を解消するために療養病床を削る事、病院死を少なくし家庭での見取りを家族や地域住民のチームでしてもらう。そして地域の医師をかかりつけ医にしてかねてから信頼関係をきづいて置く必要があること。自分の近くにかかりつけ医を支援する公的な後方支援病院を持ちそれをしっかりバックアップする行政トップを選び組織を作り上げる事など、県民の自覚を促す事が大切であると考えます。子供の頃からの人間の生きる意味、人の生き死に、命のリレーなど家庭のあり方、社会のあり方の教育が必要です。また地域特性の産業基盤整備で雇用創出を行い、生まれたところで生活し、死んでいける環境作りが大切ではないでしょうか。
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社会保障制度は国家と国民が契約して夫々が責任と義務を果し初めて成り立つものである。これまでは他国の制度を真似て、日本の実情を考えないままに国民に適応してきたのではないか。国民の大部分が社会保障制度について余りにも知らなすぎてきたし、教育も成されなかった。それゆえに与えられる権利のみを主張し責任や義務の部分を分っていなかった。財政の潤沢な時代はそれでよかった。しかし財政が逼迫して社会保障制度の持続が難しく成っていくこれからは国民の負うべき責任と役割について具体的なメッセージを送り自覚を促さなければ成らない。選挙を意識した遠まわしのあいまいな表現は許されない。自由経済至上主義のもとで国民の仕事と生活の調和が無視され社会構造はいびつになってしまっている。そして日本古来の家族の有り方まで破壊されてしまった。生きる意味、命のリレーの大切さが無視され社会、家族の断裂が生じている。それを正していくにはまず個人の生活、家族の有り方から見直さなければならない。そのためにはそれぞれの地域における生活基盤を立て直さなければ成らない。雇用の創出、教育はまず大切であろう。国がそれぞれの地域特性を生かした産業の指定と育成をはかって行く。人々が地域に生まれ地域で働き、家族を支える。そのような当たり前の社会構造に作り変える事が大切である。子供の頃からの生きる意味、家族の有り方、社会との関わりなど教育する事が大切であろう。
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「高齢者が出来る限り住み慣れた地域で自立し社会参画しながらかつ尊厳を持って、安心して暮らしていける地域社会の実現」これは鹿児島県地域ケア体制整備構想の基本理念である。その実現のため医療費適正化と高齢化に対応した地域ケア体制の構築が平行して行なわれる必要があるとしている。医療費適正化については生活習慣病の予防と高齢者医療、慢性期医療を担って来た療養病床の無駄な部分の社会的入院の解消が課題と成っている。その受け皿として期待されるのがすでに崩壊して久しい古き良き時代の在宅医療にお呼びが掛かった。そして介護・福祉関係者に家族を中心に住民など地域が一体となって高齢者を支える地域ケア体制を作り上げる事がどうしても必要になる。とにかく住民を巻き込んだ意識改革が必要なのである。子は親を見るべき義務がある。その自覚を失わせたのは戦後の社会構造変化での若者の都会集中であり核家族化である。そしてそれに平行して行なわれてきた高齢者医療費の無料化、政府の場当たり的政策誘導による慢性期医療費の大判振る舞いや社会的入院の容認にある。田舎の両親が病気になり介護が必要になっても入院させておけば何の手立てもいらない状況が何処そこで見られた。これは経済発展の影の部分でもある。この状況を打破するには国民の意識改革がどうしても必要である。それしかない。ところが都会に出て行った団塊の子供達も既に還暦を迎え高齢になる。そして都会で子供を育てそこの住民になってしまっている。今後は都会の高齢化が問題になってくるのである。介護問題も田舎の親の介護問題のファーストステージから都会の団塊の世代の介護問題を如何するかのセカンドステージに移る。そこを考えておく必要がある。

クリニック横に咲いた李の花

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人は60歳で人生を再発見する。以前より賢く、生活にも困らない。なによりも、これ以上大人になる必要も無いのである。自分が楽しみながら社会に貢献できる。 -カルロス・ゴーン
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耳の蝸牛のリンパ嚢内皮細胞に電気信号を増幅する生物電池の存在が証明された。難聴の治療に役立ちそうである。細胞の内部は電気的にマイナス、外部はプラスで電位差は70mVある。心筋細胞、神経細胞はこの電位差の変動で刺激を伝達する。この変動が活動電位である。電位差を作っているのが主にナトリウムイオンとカリウムイオンでそれぞれに出入りのチャンネルがある。細胞膜を隔てて細胞内はカリウムイオン、外はナトリウムイオンが多く存在しておりナトリウムイオンは受動的に細胞内に流入できる。流入したナトリウムイオンはナトリウム・カリウムポンプでエネルギーを消費して能動的に細胞外にくみ出され代わりにカリウムイオンが取り込まれて再分極が起こり恒常性が保たれている。細胞が刺激され膜電位の変化が起こり一定の閾値を超えると細胞全体が反応する活動電位が生じ細胞は脱分極する。そして反応が終わると再分極過程に移る。今でもこのメカニズムを覚えている。40年前に生理学のレポートで悩まされたテーマでこの出来、不出来により同級生の3分の1が留年した。幸い私は興味ある分野だったので合格した。沢山ある教科の中で1つでも落とすと進級できなかった。丁度その頃はワトソン・クリックによって遺伝子DNAの構造とたんぱく質合成のメカニズムが解明されて間も無い頃でもあり分子生物学の進歩のめざましい時期であった。
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今日の日曜日、経営するグループホーム入居者で今年1月31日に99歳を迎える私の母と1月10日に88歳になった方のために入居者、スタッフに2人の家族も集まり白寿と米寿それぞれの長寿を祝った。スタッフが踊りを披露したり、全員で歌を合唱したり、それぞれの家族が若い頃の2人の楽しいエピソードを話したりの後、88歳の方が綺麗にお化粧をしてウエディングドレスに身を包んで現れ、若返って生き生きした姿に皆がびっくり拍手が止まなかった。そばに付き添った娘さんより若く見えた。このプログラムは後に続く入居者が白寿や米寿になればこのように皆が喜んでくれてお祝いしてもらえると励みになる様に行なった。沖縄では色とりどりの風車で飾った手引き車の上にお年寄りをのせ練り歩き、その長寿にあやかりたい町の皆がお祝いするのだそうでそれをヒントにさせてもらった。その後はお祝いのご馳走を食べて楽しい時間を過ごした。

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久しぶりにくるくる鮨を食べた。土曜日の夕方だった所為か店は家族連れで賑わっていた。なんとかカウンターの空いた席を見つける事ができた。くるくる鮨には行ったたびにその気安さに感心する。何と言ってもセルフで鮨を食べる備えが行き届いている。そして好きなネタを好きな分だけ取って食べれる。ぜんぜん無駄がない。持ち合わせのお金が少なくてもある分だけ食べればよいので気兼ねなく入って食べれる。かしこまる必要もない雰囲気が良い。家族連れに人気の有るのも尤もだと思う。目の前を流れていくカラフルな鮨皿を眺めながらふと医療の出来高支払い制の事を考えた。これまでの医療費支払いは出来高払いで遣った来ている。これは患者も医療機関も納得の行くシステムだと思う。くるくる鮨の会計も明朗である。最近は医療費適正化の一環としてDPCなど包括払いが進められている。これこそ不明朗会計としか言えなくもない。いわばバイキング方式のレストランである。沢山食べようが食べまいが支払いは決まっている。ずーっと昔になるがバイキングなど知らなかった頃、東京で泊まったホテルの夕食がたまたまバイキング方式であった。初めての事で要領がわからず窮屈な思いをしているところに相撲取りの一行が現れた。そして目の前の皿に盛られた多くの料理が瞬く間に空になってしまった。給仕のボーイがせっせと料理を継ぎ足していた。思うように食べられないで腹の満たない私は同じ料金を出して不平等な事だと憤慨した。そのような埒の明かないことを思い出してしまった。

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現在行なわれている市町村合併は財政的視点から推し進められているのが殆どである。合併した後から個々の住民にとって種々の不具合が生じる。医療の場合、市町村再編がなされ行政区域が代わっても住民とそこの医療機関が今あるところから他へ動くわけでもないので、これまで通りに動くと捉えられがちである。ところが行政区域が変われば住民は新しい市町村に組み込まれる。市町村は救急災害医療をはじめ住民検診、予防注射などの公衆衛生、学校保健、介護保険、地域支援事業などを地域医師会、消防組合など一体になり運営している。行政再編で地域割りがなされてもそれに従っての地域医師会や救急業務を行なう消防組合の再編は簡単ではない。特に地域医師会は自由開業制のもとで人口分布や地勢にあわせて参入した医療機関の院長の集まりでもある。各医師会員は必ずしも行政区域に従う必要はないのである。しかし他の問題がなければ行政の区域割りで動いた方が都合は良い。地域によっては地理的理由から一医師会の会員が複数市町村の医師からなる所もあり住民の利便性など地域にあった体制を長年月にわたり調整しながら作り上げている。特に連携の必要な救急医療は空間的に一体化が出来上がっている。都道府県の補助事業である夜間救急病院群輪番制では担当医療機関は広域の二次救急圏域内全体で組まれ問題は少ないが日曜、祝日昼間の在宅当番医は市町村の補助事業であるため個々の市町村内の医療機関の間でまわしている。従って同じ医師会内の一部地域がこれまで連携のなかった市町村と合併する場合に問題が生じる。そこに居住する医師会員が属していた医師会から離脱するとなるとそれまでの空間的に一体的に成されていた連携救急医療が動かなくなる。医師不足が社会問題化し医療機関の集約化、集積化いわゆるコンパクト化が考えられている中で、これまでの医療基盤が分断され各医師会員一人一人の負担が増える事になる。安心な住民生活を確保するための住民本位の再編が大切であり、合併後のきめの細かい制度の見直しも必要である。
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前後の繋がりは全く思い出せない。しかし遠い日のワンシーンが今でもふとした時に頭に浮かぶ。不思議である。田舎の中学校から県都の公立高校に合格した。近くの駅から憧れの制帽を誇らしげに被り汽車通学を始めた。暗いうちに家を出て学校のある終着駅までは二時間あまり懸かった。入学式が終わり数日も経っていない頃だったのだろうか、大勢の乗客に揉まれながら汽車を降りて駅舎を出る頃に雨が降り出した。暗いうちに家を出て空模様に気付かずに傘を持つのを忘れていた。駅から学校までは10分ぐらい有った。仕方が無いので濡れながら歩き出した。その時、横からそっと傘が差しかけられた。一緒に汽車から降りた私と同じ高校の制服のセーラー服を着た女学生だった。すらっとして背が高かった。先輩に違いなかった。それまで用事以外は女性と話した事もない私はちょっと途惑った。何も言えずにそのまま黙って従つた。学校までの道のりを何も考えずにただただ緊張しながら歩いた。周りの通行人の目も気になったが雨だから仕方のないことだと言い聞かせながら歩いているうちに学校の広い石造りの玄関に着いた。私は顔を火照らせ彼女が傘をたたむのもまどろっこしく、軽く会釈して小走りに玄関に飛び込んだ。そして後も振り返らずに教室に急いだ。彼女の顔は良く見なかった。他人の目も気にせずに後輩の男子生徒と相合傘をしてくれるほど優しいのだからきれいな人だったろうと想像している。そのあともそれらしい人を探す自分が居たが顔を確認していないのだから探し当てるはずもなかった。



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危篤状態の患者さんを気にしながらの悶々とした日曜日が暮れて、なんとか今夜も持ちこたえてくれる事を祈りながら食卓に着いた。そこへ訪問中のナースから呼吸が少なくなって危なそうですとの連絡が入った。外は冷たい小雨が降り出していた。空を見上げ傘を差すほどじゃないと鷹を括って家を飛び出した。遠く人家の明かりが雨でチラチラけぶって見える。傘を持ってきたほうが良かったかもしれない。両脇にソラマメ畑の広がる道を車で急いだ。子供の頃よく山に畑に通いなれた道だ。長い事通って居なかったが患者さんの往診で頻繁に通るようになった。子供の頃は広くて大きな道に思えたが今は乗用車1台がやっとの事で通れる。慎重にハンドルを繰る。玄関を開けると土間一杯に履物が並んでいる。朝、娘さんに知らせる人には連絡するように話しておいたので急を聞き一族全員が集まったらしい。部屋に入ると患者さんのベッドを皆が取り囲み隣の部屋ではお孫さんか曾孫さん達らしい子供達の啜り泣きが聞こえる。患者さんに可愛がられたのだろう。少し圧倒されたが久しぶりに出会う感動の瞬間である。形どうりの死亡確認を行い、お祈りした。その顔は穏やかで家族の全員に囲まれそして看取られ尊厳に満ちていた。これこそ命のリレーである。娘さん、訪問看護師さんに労いの挨拶を済ませた。娘さんや家族の皆が揃って感謝の気持ちを述べながらお辞儀をしてくれた。患者さんは亡くなられたが別の意味で私の心はうれしい充実感で満たされた。訪問看護ステーションの集まりで訪問看護師は辛い仕事だがなくなられた時、家族から感謝された時の喜びが忘れられなくて続けていると話した看護師さんが居た。誰もがいつかは死ぬ。そのときどんな状況でなくなるかが大切な事である。遺族の1人が傘を忘れた私のことを慮っていいですよと断るのに車のところまで傘を差し掛けてくれた。
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