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大学病院での研修に続き研究生活を終えるのに8年間を過ごして、公立病院に移って心臓血管外科と一般外科に携わって13年が経過した時には年齢も40歳半であった。来る日も来る日も、若い時と変わらずに忙しく手術と術後管理に明け暮れ、当直を行い救急患者につきあう勤務医生活を続けて行く自身を失い掛けていた。そのまま65歳の定年まで頑張ったとしても退職後、医師として自分の納得する医療を続けられる保証とてなかった。そのように考えたうえでそれまで研鑽してきた専門を生かして生涯現役でやっていけるのは診療所開業であった。開業場所を中学校まで育った県都から車で1時間ほどの田舎に決めた。そこを出てから既に30年が経っていた。子供は4人居る。その時、長男はやっと大学に入学し末っ子は小学校1年生。高校生の次男と中学生の3男を寮に入れて、末っ子は一緒に連れて、そこの小学校に転校させることにした。決めたには決めたものの、都会にどっぷりの生活から、周りになにも文化的施設や娯楽施設の無いところである。大学の医局時代には命令で短期間ずつ離島や僻地に出張命令が出て赴いてはいた。決められた期間を過ごせばまた戻れるので行く事にためらいはなかった。しかし今度の場合、ずっとそこで生きることになる。何か切ないものを感じて決めてしまった後暫くは、夜中に何度も目を覚ましては、布団に座りこんで思い悩んだ。それも自分の育った故郷なのにである。あの時の自分の経験からしても、親が開業していて、あとを継ぐ訳でもない若い医師が、地方に行って医療をするのを躊躇する気持ちはわかる。住めば都、今は住民の信頼を受け、自分の周りも大して田舎ではない積りでのんびり楽しく生活している。