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< JR 日勤教育が命を奪った | メイン | SLでの通学 >
2007.06.21 21:47 |  生活 / くらし  |  旅行 / 宿  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

都会の風

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私のクリニックはJR沿線にある。私の人生はこの鉄路と切り離しては考えられない。今はSLからディゼルに変ってスマートでカラフルな車両になっている。盛り土の砂利の上に敷かれた枕木に犬釘で止められたレールは昔とちっとも変わらない。スギナとぺんぺん草が競い合って生えて延々と続く線路に目を見やると仲間同志一斉に横1列に横たわってレールに耳を当て列車の遠ざかる音を聴いた子供の頃をなっかしく思い出す。私は終戦の年に満州で生まれ翌年、母の胸に抱かれ引き揚げ船に乗り京都の舞鶴に着いた。そこからは鉄路で福岡、鹿児島を経て父の郷里の小さな駅に降りた。私の人生はこの駅から始まった。時間通り朝から晩まで轟音を立てながら通り過ぎる列車も意識しなければ気が付かない。朝は夢の中で目覚まし代わりに聴いて来た。少し離れた町まで足を伸ばすにも賑やかな鹿児島に出るのにもこの駅からであった。鉄路は途切れることなく東京に続く。列者は都会の空気を田舎の私の所に運んで来た。駅舎は昔ながらに何も無かったように建っている。私の世界が広がったのは何時もこの駅からであった。兄が大人に成り家を離れるのや中学校卒業時集団就職する同級生を涙ながらに見送ったのも、先生の付き添いで鹿児島の高校に受験に行ったのもこの駅からだった。朝希望を持ち出発し夕方疲れ憔悴して帰るのもこの駅であった。沢山の悲喜こもごもが詰っている。

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