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http://urojinde.at.webry.info/200706/article_13.html

先日書いた日勤教育が今再びマスコミでクローズアップされた。航空機操縦、新幹線運転、特急列車運転、高速道走行、医療の場合の心臓血管手術、脳手術、心臓カテーテル手術など1歩間違えば大変な事故に繋がる仕事に就いている人の精神的ストレスは大変なものである。外科医として言えば心臓手術などは背中に爆弾を背負って立ち向かっているようなものだ。個人的には前の晩はお酒を断ち当日の朝はみそぎを行って望む事になる。誰もがこれを守っている。その様な状況に立たされた人を周りが如何にサポートするかは大切な事である。産業保健、労働安全衛生法に照らしていえば日勤教育が如何にメンタル面で前近代的で懲罰的なものであるかをまだJRは認識していなかったのだ。医療の話になるが平成18年度1年間に研修医および医師の自殺者が90名である。この数字は今の日本がいかにメンタル面を無視した社会であるかを示している。命を運ぶ職業や人間を扱うノーブレス・オブリジェの教師、医師などが余りにも過酷なしうちを受けている。マスコミを含め政治家、一般大衆の寛容な対応が今、必要である。財政改革で世の中が荒廃し立ち直れない。衣食足りて礼節を知る。世直しが必要である。だれかメシアが現れないか。

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2007.06.29 07:43 |  診療  |  開業 / 病院経営  |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

猫屋敷

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雨に降り込まれて2~3日外に出れなかった。雨の日の往診は大変であるが幸い久しぶりに晴れた。患者さん宅の玄関に微笑ましい猫の姿があった。玄関が閉まっているので家の中に入れず2匹でせっせと毛づくろい。いつも私を待っており玄関を開けた途端に進入する。この家では沢山の猫達を飼っていて近隣の猫達が出入りしている。どの猫がここの飼い猫かわから無い程である。名づけて猫屋敷。

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患者さんのお宅は来年のNHKの大河ドラマ「篤姫」の育った指宿今和泉の山手にある。猫屋敷の一場面。http://urojinde.at.webry.info/200611/article_1.html

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2007.06.22 16:22 |  生活 / くらし  |  車 / バイク/ 船  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 1

SLでの通学

高校生になってすぐは汽車で通学した。鹿児島まで2時間30分ぐらい掛かった。現在は鹿児島の郊外の沿線沿いに住宅地が拡がり乗客と新しい駅が増えた。今はディーゼル車で一時間余りである。当時は蒸気機関車で石炭積載と給水をしなければならずある区間走るごとに停車が長引いた。また鹿児島に近づくにつれ乗客が増えて途中で客車を増結した。そのために余分な時間が懸かったのだ。高校の始業時間に間に合うためには5時ごろ起床し駅に駆けつけなければならなかった。行き帰りに5時間も掛かったので1日の殆どが通学に使われ疲れ切って授業時間には居眠りする事が多かった。家に帰っても宿題などする余裕も無い。通学中の車内で眠るなり勉強すれば良いのだが満員の上に暗い裸電球のもとでは勉強はおろか眠れる環境ではなかった。トンネルも何箇所かあり汽車がトンネルに突入するたびに車内に煤煙が充満した。汽車を降りる頃には全身すすで汚れ石炭の臭いが染み付いた。

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2007.06.21 21:47 |  生活 / くらし  |  旅行 / 宿  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

都会の風

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私のクリニックはJR沿線にある。私の人生はこの鉄路と切り離しては考えられない。今はSLからディゼルに変ってスマートでカラフルな車両になっている。盛り土の砂利の上に敷かれた枕木に犬釘で止められたレールは昔とちっとも変わらない。スギナとぺんぺん草が競い合って生えて延々と続く線路に目を見やると仲間同志一斉に横1列に横たわってレールに耳を当て列車の遠ざかる音を聴いた子供の頃をなっかしく思い出す。私は終戦の年に満州で生まれ翌年、母の胸に抱かれ引き揚げ船に乗り京都の舞鶴に着いた。そこからは鉄路で福岡、鹿児島を経て父の郷里の小さな駅に降りた。私の人生はこの駅から始まった。時間通り朝から晩まで轟音を立てながら通り過ぎる列車も意識しなければ気が付かない。朝は夢の中で目覚まし代わりに聴いて来た。少し離れた町まで足を伸ばすにも賑やかな鹿児島に出るのにもこの駅からであった。鉄路は途切れることなく東京に続く。列者は都会の空気を田舎の私の所に運んで来た。駅舎は昔ながらに何も無かったように建っている。私の世界が広がったのは何時もこの駅からであった。兄が大人に成り家を離れるのや中学校卒業時集団就職する同級生を涙ながらに見送ったのも、先生の付き添いで鹿児島の高校に受験に行ったのもこの駅からだった。朝希望を持ち出発し夕方疲れ憔悴して帰るのもこの駅であった。沢山の悲喜こもごもが詰っている。

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朝な夕な仰ぎ親しんでいる山並みを眺めながら、もう何年にもなるある日曜日の朝、検死を頼まれ出かけた時の事を思い出した。薩摩半島の真ん中を北から南に走るなだらかな山の麓から少し入った林のなかで縊死している男性が発見された。私が呼ばれたのはその男性は勿論、奥さんと2人の幼い子供も私のかかりつけだったからである。男性はJRの機関区に勤めていた。その縊死事件の約1ヶ月ぐらい前、駅の構内での機関車の入れ替え作業中、信号を誤認し脱線事故を起こした。そのことはニュースで小さく報道された。人身事故ではなかった。そんなことがあった後、私の所に眠れないと相談に来た。会社では事故を起こして以来ずっと日勤教育なるものを受けていると話した。大分精神的に参っている様子ではあった。日勤教育とはどの様なものか尋ねると、毎日職場に出勤し、本来の仕事はさせられず、夕方の5時になるまで1日中部屋に閉じ込められ、反省文を書かされたり本を読んだりさせられているとの事だった。私はそれが辛いものだとは思いもしなかったので、余り心配しないで教育が終わるまで頑張るよう励ました。そして眠れるようにと睡眠薬を処方した。その後も2~3回来院した。表面上はそんなに辛そうでもなかった。そのうち来院しなくなったので気にはなっていた。それも唐突に検死に呼ばれてから驚いた。悪い予感が当たってしまった。対応が悪かったのではないかと何度も思い返し反省した。遺体を前にそんなことも見抜けなかった自分を詫びた。男性は事故の責任、家族の事、日勤教育の辛さなど悩み続けながら最後に死を選んでしまった。平成5年に107人もの死亡者を出したJR宝塚線事故の運転手が、事故直前に伊丹駅で72メートルオーバーランして懲罰的日勤教育を恐れ、そのことばかりに気をとられ制限速度46キロもオーバーしてカーブに進入して起こした事故であるとの最終報告を出すと今日のニュースで伝えていた。私の患者さんの事件の後、JR鹿児島では、それまでの人権を無視した日勤教育を見直すことになったと私にも伝えて呉れた。しかし宝塚線の事故はあれからだいぶ経って起きた。あれは鹿児島だけの事だったのかとを思うと残念でならない。検死のあと年老いた父親が憔悴しきった姿で遺体を引き取りに来た。残された奥さんと幼い子供のことを思うと胸が潰れそうであった。その後JRの係りの人が事情を聞きに来た。何よりも残された家族のために男性の名誉回復と労災が認められるようお願いした。そして一生懸命尽力してくれたお陰で認められた。現在、奥さんや明るく大きく育った2人の子供さんがなにかあるとクリニックに顔を見せてくれる。今はその明るい笑顔に救われている。

 

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2007.06.18 07:39 |  生活 / くらし  |  趣味  |  グルメ / お酒  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

3度びっくい

私の家を尋ねてくる人は私の自宅玄関に入るまでに3度びっくりする事になる。門らしき仕切りの無い入口の駐車場を通り抜け、奥に細長い白いタイル張りクリニックの3階建に沿って進むと行く手をさえぎる様に平屋のグループホームが建っている。その手前の2階建が私の住まいである。その建物の前に生垣で囲まれた小さな庭がある。初めての客はまず庭の手前で生垣の間から突然首を出す犬に激しく咆えられびっくりし立ち止まる。鎖で繋いであり飛び出しては来ない。安心して通り過ぎ様とすると数歩も行かないうちに別の犬が首を出し吠え付くのである。2回びっくりする事になる。私は2階に住んでおり、玄関は建物の裏で階段を上がる事になる。階段の上がり口がどこか分らない人が多い。2匹の犬に咆えられ気もそぞろ心臓もどきどき、やっと玄関に辿り着きベルを押す。それを聞いた室内の犬がけたたましく咆え玄関に走る。後を追った家内が玄関のドアを開けた途端に犬は飛び出しピョンピョンん跳ねながら客の足にまとわりつく。決して噛み付かないと話しても犬の嫌いな人はびっくり固まってしまって動かない。外で2回犬に咆えられ、玄関でまた別の犬に飛びつかれたのである。慌てて家内は抱き上げる。慣れた人は勝手が分っているので慌てない。その態度で分るのか犬もその客の前でコロンと腹を見せて横になり親しみの仕草をして一件落着である。犬は一度出会った人を忘れない。よほどいじわるをしない限り二度目は咆えない。吠え付くのは我が家に初めて来る人だけである。初めての訪問の人にはビックリだろうがこちらには非常に便利である。防犯のためには役に立っている。鹿児島にはみかんの1種のボンタンという大きなみかんがある。その昔、ボンタンという中国のお坊さんが鹿児島の阿久根に伝えたもので地元ではこのみかんを3度ビックイと呼んでいる。その由来はまず大きいのにびっくり、つぎに剥いて見るとその果皮が厚くなかなか中身に辿り着かないのにびっくり、最後に出会う中身の小さいのにびっくり3度驚くのである。

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朝早くカサゴに刺されたので診て欲しいとの電話があった。ゴンズイの場合は経験がある。カサゴは自信が無い。離れた所から来るので着くまでに時間が充分有りそうなので対処法をインターネットで調べた。ゴンズイと似たような処置で良い様だ。少しどきどきしながら待っていると、当の漁師が刺された手を氷で冷やしながら奥さんに付き添われてやって来た。市場に出す魚を生簀から出していたがいつもは厚手の手袋を使うのに今日に限って素手で作業をしていた。たまたまカサゴが混ざっていた。それを網から外そうとしてうつかりカサゴの背びれに右手が当ってしまった。瞬間強い痛みが走り、腕までしびれた。みるみるうちにさされた指がはれ痛くてたまらない。これまで何度か刺されたが今日の痛みは違っていた。氷で冷やしたが治まらなかったとの事。待てよ確か海の毒のある生物に刺されたら温め逆に陸上の生物に刺されたり咬まれたら冷やすと本に書いて有ったのを思い出した。これまでも迷いながらもその様にして来たような気がしだした。海は冷たいから暖め、陸は比較的暖かいので冷やすと覚えた。とするとこの漁師の処置は逆療法だ。すぐに氷を外し準備していたホットパックで温め直した。しかし痛みは少しも変わらないと言う。血圧は高目だが息が苦しいなど全身症状も無い。傷口をタン二ン酸アルコールで消毒し1%カルボカイン3ccの局所麻酔を施した。すぐ痛みは治まった。オイラックスHとリンデロンVG軟膏を塗り重ねてリバノールシップをしておいた。腕のしびれも取れ患者は楽になったと顔をほころばした。念のため強力ミノファーゲンCを静脈注射し、破傷風トキソイドを皮下注射した。最初180以上あった血圧も150までに落ち着き顔色も良い。温罨法を暫く続けた。局所麻酔が切れて痛み出す事も考えて念のため鎮痛薬のロキソニンに抗生剤のトミロン3T,抗ヒスタミン剤のセレスタミン3Tと胃薬のムコスタ3Tを3日分処方した。蜂、ムカデ、マダニなど昆虫、蛇とくにマムシ、毒のある魚などの処置はそのたびに緊張する。これと言った決まった方法が分らず臨機応変の対応が必要だ。物の本にも処置法は書いてあるが後は病院で診てもらうにで終わっている。私は知らせを受けたらすぐにインターネットで検索し、経験に照らしよさそうな治療法を選ぶ。ショックを起こして来る事もあるので看護師にあらかじめできる事を始められるよう指示して置く。今朝も同じようにバイタルをとって温罨法ができるよう準備させた。これから海山での活動が多くなると刺されたり、咬まれたりしてやって来る。昼夜を問わない。http://blog.m3.com/den/200611?page=2http://urojinde.at.webry.info/200609/article_32.html

http://urojinde.at.webry.info/200611/article_11.html

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2007.06.14 22:48 |  生活 / くらし  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

初蛍

クリニックの庭の草叢に今年初めての蛍を見つけた。今年は遅いなと気になっていた所だった。周りに池や川があるわけでもない。昨日からの雨で草木の葉裏に水滴が出来た所為だろう。夏は夜露が降りるのでこれから数を増し、寒くなる晩秋まで飛び交う。最盛期には庭木全体がイルミネーションに変わるほどになる。まるで夏のクリスマスだ。虫のすだきを聞きながら夜露にぬれた草叢を踏み空を見上げると漆黒の空に星が輝き、庭木に蛍の光が息をする。田舎ならではの格好の夕涼みである。10数年前鹿児島市に住んでいた頃は桜島の活動が盛んで夏になると東風に乗った降灰が空を覆った。窓も開けられ無いほどであった。大粒の砂が降ってくる事もあった。それが嫌で田舎に移住したようなものだった。しかしここ暫く桜島は静かで爆発を聞かなかった。最近になってまた活動を始めているらしい。今は田舎の生活にどっぷり漬かっている。

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2007.06.14 05:49 |  生活 / くらし  |  趣味  |  旅行 / 宿  |  車 / バイク/ 船  |  その他(一般)  |  でんさん  | 推薦数 : 0

ツバメの巣立ち

入梅宣言が出てからも爽やかな晴れの日が続いていた九州南部もやっと本格的な雨が降り出した。鬱陶しい日が続く事になるが何かしら一安心出来る。草木も勢い付いて見える。鹿児島から海沿いを指宿に延びる国道226号線の喜入から指宿に入る峠の上に錦江湾を一望出来る岬がある。そこにドライブ途中にちょっと立ち寄りたくなるような広場と瀟洒な建物が建っている。道の駅彩花菜館である。景色を楽んだり土産を求めたり飲食やトイレ休憩したりで結構賑わっている。入り口から物産館に向かうアーケードの軒下に数ヶ所ツバメが巣を作り子供の巣立ちが始まっている。子ツバメは巣から頭とシッポがはみ出すほどに大きくなり下に立って覗くとおっかな顔をして身構えていたが、しばらくして堪らず外に飛び出した。その瞬間、何処に居たのか親ツバメが飛んで帰って頭上を飛び交い威嚇する。アーケードの下はパニック状態になった。身動きしないようにじっとしていると安心したのか子ツバメも巣に帰り、親ツバメが隣で見守っている。南方にわたる日も近い。

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福祉が役所主導の弱者救済措置のほどこしの時代に高齢者本位の介護を手がけたコムスンの創設者の榎本健一さんの言葉。  

 ~保険料を拠出して連帯と共生のもと

介護を行う事は優しい日本人の英知である。介護と言う仕事が人を支え、励まし、誇りある人生の結実に役立つ。 

 

池下和彦さんの「母の詩集」から 

 ~たまに/ホンの数秒/母に正気の時間が与えらえれるえ事がある/母は顔色を変え/訴える/迷惑をかけて済まないと・・・あたえられた正気の時間を/母は感謝の言葉に当ててしまう~

  

派遣先での感謝の言葉に誇りを感じる介護スタッフ。尊い心。 

 

皆さんこんばんわ。平日の夕方でお疲れのところ総会に出席して頂き有難う御座います。遅れていた梅雨も今日の空を見るとそろそろ本格的になるかと言う感じです。いまコムスンの不正問題が世間を騒がせています。皆さんの所に今日、県介護国保課から法令順守徹底と現在コムスンのサービスを使っている利用者に支障が生じないよう協力を要請する文書が届いていると思います。私達はこれまで法令順守には過敏すぎるほど注意してきましたので何を今更と言う感じがしないでもありませんが事情が事情ですので再度の注意と協力をお願いします。さて介護保険制度も高齢者の尊厳ある暮らしと自立した生活を旗印にして7年が経過しました。この間に介護支援専門員は制度の要とおだてられその気になり情熱と使命感に燃え悪戦苦闘しながら成長して来ました。当初から殆どの介護支援専門員は介護サービス事業所に所属しておりアイデンティティーを出せず、また他職種の認識や理解も十分では有りませんでした。当初のケアプランも1種類のサービスだけの場合が多かった為に、介護報酬改定で4つ以上サービスを組み合わせれば加算され、担当者会議をしなければ減算となるなどされ、結果として利用者にとってのベターなプランは何か、また多職種による担当者会議の重要性など認識が高まり介護支援専門員の自覚も変わってきましたし社会の我々の仕事に対する視線も変わりました。昨年4月の制度改正で新しく資格更新制度が導入され更新要件に研修受講が義務化されました。継続して実務にあることと常に新しい技術と知識を取り入れ保持し続けなければ就けない資格となりました。そこで早速、鹿児島県介護支援専門員協議会は県の委託を受け県下一勢に昨年の年末から今年の年始にかけて第1回更新研修を実施しました。指宿支部は南薩支部と合同で指宿市で行いました。大変急な事でしたので役員の皆さんには口では言い表せないほどの苦労を掛けました。ホットする間も無く6月半ばから第2回目を南さつま市で行う予定で準備が進行中です。皆さんの協力をお願いします。ところで昨年4月の改正介護保険法では新介護予防給付が導入され、10月から包括支援センターでの予防給付ケアマネージメントが始まり、今年の3月までに委託分を除いた全てが移行しました。これによって地域での介護支援体制と介護支援専門員の境遇が大きく変わりました。いかがでしょうか。改定、改正のたびに理不尽な忍耐を強いられて来た気がするのは私だけでは無いと思います。そうならないために一人一人の介護支援専門員が団結し現場の声をまとめて国会に届け、制度に反映させる必要が有ります。介護支援専門員の全国組織として平成15年8月に県単位で入る全国介護支援専門員連絡協議会が発足しています。そして平成17年11月には発展的に個人加入の日本介護支援専門員協会と成りより強力な組織となりました。そして今年は公益法人にする計画です。日本介護支援専門員協会では今年3月に「介護支援専門員 倫理綱領」を宣言しました。これは専門職能団体としての国民へのメッセージであり、会員の倫理意識を高めて不祥事を無くす事にも役立ちます。介護支援専門員資格が今の任用資格からステータスの高い国家資格化されるための第1歩にもなります。現在全国に約9万人の現役介護支援専門員がおり、そのうちの3万7000人が会員である。べつの学術的な全国組織としては平成13年に日本ケアマネージメント学会がスタート、平成15年に認定ケアマネジャー制度を導入しています。現在の指宿支部会員は134名です。今年12月には頴娃町が川辺町、知覧町と合併し南九州市となるため、7年間一緒に活動して参りました頴娃町会員、現在26名は指宿支部から南薩支部に移ることになると思います。本当に有難う御座いました。と言っても更新研修では共に協力し合わなければ成りませんので宜しくお願いします。今日は総会ですので事業報告と事業計画の承認、決算と予算報告それに役員改正が行われます。また会を取り巻く状況も変わりそれに対応すべく規約改正を予定しています。総会後研修会があります。最後まで宜しくご協力ください

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