命の誕生はミクロの世界から始まるのに死に当たってはそう言う訳に行かない。死んでも大きくなったままの状態で晒される事になる。理想的には誕生時とは逆に活動の衰えと共に小さくなりついには見えなくなり消てしまいたいものである。神様の片手落ちといってよい。お伽噺にお爺さんが山奥で良い事をしたお返しに湖の精から水を貰って飲み若くなった。それを聞いた欲張りな爺さんが真似をして水を貰いに何度も通い過ぎて、最後には夫婦共に赤子になってしまう話がある。お伽話の本意とはそれているがそんな水があれば助かる。昔の人もその様な願望があったのだろう。来年4月からスタートする75歳以上を対象にした後期高齢者医療制度。厚労省の社会保障審議会後期高齢者医療部会はその全体の枠組みを作るにあたり基本的考え方として高齢者は①老化に伴い複数の病気が見られ治療も長期化する。②殆どの人に認知症がある。③いずれ死を避けられないなどを挙げると共に複数の医療機関を頻回受診し検査や投薬が多く重複しやすい。家族の介護力の弱体化が生じ、地域社会のコミュニティーも衰退し単独世帯が増えていると指摘している。これらの事を踏まえた上で生活に合わせた療養と心のケアが必要であるとしている。高齢者にふさわしい医療のためには①急性期入院治療後の生活を含めた医療介護連携マネージメント②住み慣れた地域で継続して生活が出来る施設・在宅間の連携のとれた一体的サービスの提供③終末期に備えリビングウイルの確認や尊重の出来る環境の構築を挙げている。ところで我々個々人としては生まれるのは自分の意思ではどうしようもないが死に様は自分を含め周りの状況で少しは変えられる。老醜を晒さないためにも若い頃からの老い支度が必要である。
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