もう30年前の話である。ある県立病院に単身赴任で出張した。同僚と食事を兼ねて街に繰り出し夜遅くまで梯子しいささか酔っ払って一人住まいの病院宿舎に帰った。風呂に入ろうと湯船に水を張ってガスに火をつけたまでは覚えている。しかしその後の記憶が無い。沸くまでと敷きっ放しの布団に横になりすっかり寝込んでしまっらしい。遠くでぼこぼこお湯の沸く音と、顔に冷たい物が落ちて目が醒めた。部屋一杯に蒸気が立ち込めている。しばらく呆然として何が起こっているのか判らなかった。しかし凄い音に天井一面の水滴に尋常じゃない物を感じて飛び起きた。風呂に火をつけたまま寝込んでしまっていたのだ。急ぎ風呂場に走った。幸い浴槽には底にお湯が少しだけ残っており、空焚きだけは免れて居た。慌ててガスの元栓を締め火を消した。これが少しでも遅れておれば浴室の火は拡がりすっかり寝入っている私の部屋にまで炎に包まれただろう。そして私は寝たまま焼け死んだだろう。そう思うと恐ろしさで酔いはすっかり醒めてしまい湯気でびしょ濡れになった部屋の真ん中に座り込んだ。風呂からの湯気が住居の部屋中拡がり天井で露になり、寝ている私の顔に落ちてくれて私を起してくれたのである。命拾いである。私だけでなく宿舎全体が被害を蒙る恐れもあったのだ。これまでこの事は家人は勿論、誰にも言わないで来た。あれから大分経過し時効と考え告白した。今でもあの時を思い出すたびに身震いがする。
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