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2007.03.23 05:22 |  診療  |  研究  |  医療事故  |  その他(医療関連)  |  でんさん  | 推薦数 : 1

ある心臓外科医の死

心臓外科の発展に尽くした方がつい先日亡くなった。鹿児島での心臓外科の歴史そのものといっても良い人である。若い頃心臓手術の補助に使う人工心肺の輸血用血液を介した肝炎に感染してしまい、長い経過の間に肝硬変になった。心臓外科の技術開発に従事しながらその裏で潜んでいた伏兵にやられてしまった。現在では人工心肺自体が改良され少しの血液で操作できるし術前に自家血を期間をかけて採血保存した血液を使う。所が初期の頃は既製の人工心肺では無く自分たちで設計し組み立てた。手術の前日に酸素化装置、ポンプ、チューブなどを揃え針金とペンチを使い回路を完成させた。そして血液センターに注文し取り寄せた大量の保存血を充填して人工心肺を回した。保存血は血液センターで検査済みのものを使つたが当時は肝炎ウイルス・スクリーニングはB型肝炎ウイルスぐらいがせいぜいでC型の存在すら知られていなかった。そのために保存血液に紛れ込んでいた肝炎ウイルスが人工心肺装置作成時や手術時にわずかな手の傷を介して感染する事となった。その当時は多くの心臓手術に携わったスタッフが肝炎に罹った。そして肝炎は心臓外科医の職業病とまで言われていた。以前にミドリ十字が起した薬害エイズ問題が世間を騒がせた。私はあの事件は結果からレトロスペクティブに結論を導き出したものであった。あとから非難する事は簡単である。その時代に考えられる最高の物を使い医療に尽くした人が犯罪者扱いにされた苦い時期を思い出す。心臓外科手術の黎明期に予想し得ない災禍をものともせずに挑戦し続けた勇士がいた事を忘れてはならない。その積み重ねによって今の優れた心臓外科技術は完成したのである。

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